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『おかたづけ』


砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

  • 作者: 安部 公房
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 文庫



政界は相変わらずバタバタしている。
我々浮世に生きる庶民とは、まったく関係の無い話である。
年末の忙しい時期に、またぞろ離党・新党結成を唱えるヤツが出てきた。
『年末までに立ち上げる』というにはどうせ政党助成金を狙ってのことだろう。
新しい政党は『政界再編政党』だという。

バカ言っちゃいけないよ。
国民は誰も政界再編なんて望んじゃいない。
今まで散々やってきたじゃないか。
それで何か良くなったか?
いまさら『政界再編詐欺』に騙されるほど、国民は馬鹿じゃない。
ブタのカードしか入っていないトランプの山をいくらシャッフルしたって、
ブタしか出てこないのは自明の理じゃないか。
あー、腹立つ。
こんなやつら年末の大掃除のついでに片付けてしまって、ごみに出してーよ。
不燃物?可燃物・・・って、燃やしたら変な物質が出そうだしなあ。
産業廃棄物か・・・?
もとい、何度も何度も繰り返していること自体、政界再編の有効性を否定する事実じゃないか。
少なくとも『良い政治』を目指すことが政界再編の目的だと言うなら、
それは違うといわねばならない。
問題はそんなとこには無いんだ。

なら、問題はどこにあるのか。
一つには『政治家の質』、これは前回書いた。
二つには『二大政党制というシステム』の問題。
三つ目には『政治家の思想』の問題。
以上の三つが上げられる。


今回は二大政党制について考えてみたい。
二大政党制については、政権交代が容易になることがメリットとしてあげられるが、
複雑な現代社会において総ての問題を『保守』と『革新』とに二分できるのか疑問だ。
そもそも、『保守』と『革新』という二つの選択肢自体が、僕らの世代にはナンセンスだし。
まだイデオロギーがその力を失ってなかった時代の、残滓的システムのように思える。

現代社会において考慮しなければならない問題は多岐にわたる。
日本を例にとって見ても、憲法、社会福祉、財政赤字、エネルギー、外交、国防、
軽く考えただけでもこれだけの問題は挙げられる。
どれを採ってみても我々国民にとっては重要な問題だ。
これら全ての問題が、それぞれに二つの回答を有し、
それらがキレイに二つに割れることなどありうるだろうか?
問題によっては三つ以上の回答があるかもしれないし、二党が同じ選択をするかもしれない。
そうなると、国民の選択肢が狭められてしまう。

また、二党による回答の提示と国民による二者択一という構図は、
国民の思考力を奪うものでもあると思う。
政治家や、テレビのコメンテーター、新聞の記事などを鵜呑みにして、
安直に結論を出す必要はない。
それぞれの問題について、国民も考え、調べ、悩めばいいのだ。
そうすることにより理解も思考も深まるだろう。

と、いう訳で、個人的には5~6個の中規模な、
けれど各々しっかりとした考えを持った政党がしのぎを削りあう状態のほうが望ましいと思う。
もちろん、そうなると政権は連立政権が大前提になるし、安定性も損なわれるが、
問題とその解決方法の明示という点においては国民にとって、
はるかに分かりやすくなるだろう。


ところで、二大政党制は、米国、英国を始め、アングロサクソン系の国々で多く見られる。
これらの国々は、宗教的にはプロテスタントが優勢な国々であると思うが、
それと二大政党制との明確な因果関係を示す論を持たない。
にも拘らずここで宗教を持ち出したのは、西洋人の精神の奥深くには、
我々日本人が思うよりも『宗教的な考え方』が深く刻まれているようだからである。

プロテスタントは『新教』とも呼ばれるが、『聖書の昔に戻ろう』というその理念から、
体質的にはむしろカトリックよりも『古い』のだ。
キリスト教に特徴的な考え方の一つに『二元論』がある。
カトリックと違って多国間・他民族間でもまれることの少なかったプロテスタントには、
この二元論がより強く刻み込まれているのではなかろうか。
そしてこの二元論が政治の世界に現れたものが二大政党制なのだと思う。
詳述することは避けるがこの二元論、ともすれば危険な傾向が見られる。
二つ、例証をあげる。
一つ目にはこの二元論、二つのものが対立して初めて思考自体が安定する。
対立が成功しないと、残った一つはたやすく暴走する。
基本的に対立の構図でしか世界を捉えることができないのだ。
『和を持って貴しとする』我々日本人とは根本的にスタンスが違ってくる。
二つには善悪の対比に帰結しやすい。
そして、絶対的な善にとって必要なのは絶対的な悪の存在である。
冷戦後、米国が辿った道のりを考えれば首肯できるだろう。


どっちにしろ『欧米に追いつけ』の時代は終わったのだ。
いつまでも欧米のまねをすることはない。
我々日本人もフロンティア精神を持って、自らの考えで新しい大地を切り開いていくべきだと思う。





今週の一曲
浜田 省吾 『Sentimental Christmas』


CLUB SURF&SNOWBOUND

CLUB SURF&SNOWBOUND

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1990/06/21
  • メディア: CD



『夢の終わりに』


食卓は笑う (新潮文庫)

食卓は笑う (新潮文庫)

  • 作者: 開高 健
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/08
  • メディア: 文庫



中国を題材にしたジョークはいくつかあるが、その中にちょっと考えさせられるジョークがあった。
それはこんなジョークだ。

中国の街角で、一人の若者が叫んでいた。
『中国には共産党しかない。なぜなんだ。他にも政党が必要だ』と。
するとそばで聞いていた老人が深いため息をついてこういった。
『あなた。まだ必要なのですか?』

普通、ジョークを解説するような下世話な真似はしてはイケナイのだが、
後の話に繋がるので会えて解説する。
老人の嘆きには、『共産党一党だけでも十分に辛い生活を強いられているのに、
他にも政党ができたら、もっと酷い目にあうではないか』という懸念が含まれている。
中国が部隊ってことになっているが、暗に民主主義を皮肉ったものだろう。


さて、僕は考えた。
『果たしてこの国に選択肢はあるのか?』と。
たとえば今年の夏の選挙。
確かに政党はたくさんあった。
しかし『いざ投票』ってことになると、どこにも入れるところが無い。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
きっと、夢の時間は終わったのだ。

この国は長い間二大政党制を目指してきた。
二大政党になると政治がよくなる(?)と信じてきた。
その結果としての民主党政権であったわけだが、これが思ったより酷かった。
『Trust Me』のおじさんも実は『Trash,me』だったし、
次のおじさんも『いや~ん、バカン』だったし、
ドジョウのおじさんに至っては至上稀に見る大戯けにして、国民を欺いた大悪党だった。
(ドジョウとかいって自分を卑下すれば国民が同情してくれるとでも思っていたのか?
 な~んちゃって。)

民主党は『政治主導』と言っていたが、
ただ単に政治家が命令すれば官僚がその通りに動くと本気で思っていたのか?
だとしたら、中二病より重症だ。
『公約』と言う言葉を殺したのは自民党だが、
『マニュフェスト』と言う言葉を殺したのは民主党だ。
自ら作ったマニュフェストを自身で否定することは、
政治家としての能力と資格を自ら否定するものだ。
だから、まともな精神の持ち主ならそこで自らを恥じて隠遁するか、
再起を誓って自己研鑽への道をたどるだろう。
世が世なら、切腹した人もいるかもしれない。
なのに未だ民主党およびその所属議員達は政界に居座り続けている。
とりあえず民主党に所属する政治家たちが『恥を知らない』人たちなのは分かった。
『二大政党制』という幻想にあこがれていればよかった時代はもう、終わったのだ。
彼らに期待することはもう何も無い。
しかし彼らがどれだけの面の皮の厚さを持っているのか、ちょっとだけ興味がある。

閑話休題。
本来、二つの政党が切磋琢磨して政治の質を高めていくのが二大政党制の利点なのだが、
数ばかり、形ばかりの二大政党を目指してきたが為に、政治家の質には目を瞑ってきた。
あるいは故意に質を問おうとはしなかった。
その結果、形としては二大政党の体裁は整ったが、片方の民主党が合格基準を満たさないから、
二大政党制自体が機能不全に陥っている。
それが現在の惨状の原因ではないか。
やはりここは政治家の質を追及しなければならないだろう。

若い方々は知らないだろうけど、昔、『この程度の国民にはこの程度の政治』と言ったバカがいた。
そのバカは国会議員だった。
僕はその通りだと思った。
ただしバカの意図した通りではなく、『この程度の国民だから、この程度の政治家しか選べない。
だからこの程度の政治しかできないのだ』と言う意味合いにおいてだ。
あれから政治家達は政治の質が上がるべく努力したか?
政治家の質を上げるべく何か手を打ったか?
国民の意識が向上すべく、何かをしてきたのか?
少なくとも僕の目にはその様な試みは映らなかったけど、何もしていないのなら、
『国民の蒙昧さに付け込んで利益を貪る卑劣漢』であると、
すべての政治家達は非難されるべきである。

では、政治家の質を上げるために何をすればいいのか。
政治家達は『国民に痛み』を与える決定は軽々とするが、
自ら血を出す改革には決して取り組もうとはしない。
だからこちらから提案する。
① 議員定数の削減。まぁ、半分くらいかな。
② 議員報酬の削減。800万~1000万円の間。
③ 議員待遇の見直し。色々。(議員会館は女連れ込むところじゃねーぞ)
これらをやれば、本当に政治を志す人しか議員になろうとしなくなるだろう。
さらに、
④ 政治資金をいったん国庫に入れる。
⑤ 政治資金の管理を国税庁が行う。
ここまでやれば汚職ができる可能性がぐんと減る。
政治家が、自らの利益の為に政治の道を選ぶことを徹底的に排除すべきなんだ。
今は自由主義経済の社会だから、社会を動かす原動力として『欲望』が介在することは致し方ない。
しかし、だからこそ国を動かす原動力として『欲望』は一切介在してはならないのだ。
これは即ち、価値観の転換または多様性を意味する。
つまり、お金だけに価値を見出すのか、そのほかのものに価値を見出すのか、と言うことだ。
本当は官僚始め、すべての公務員がそうあるべきなんだけど。
とりあえず政治家から始めて、彼らに『欲望以外の価値観』を構築してもらおうではないか。
まぁ、後は互いに切磋琢磨してもらって、互いの質を高めあっていただきたい。
本当は、二大政党制自体あまり良いとは思わないんだけど・・・ね。


二大政党制という夢は終わった。
政治家達はまた新たな夢をでっち上げ、国民を惑わすのか。
一国民としては、『夢のような生活』でなくとも、小さな幸せを守っていける社会を渇望するのだけれど。





今週の一曲
Art Garfunkel 『So Much In Love』


レフティー(紙ジャケット仕様)

レフティー(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/10/10
  • メディア: CD



『IF』


ファウンデーション ―銀河帝国興亡史〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

ファウンデーション ―銀河帝国興亡史〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: アイザック・アシモフ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1984/04
  • メディア: 文庫



歴史の中で『たら、れば』を語ることは詮無きことだ。
だけど、それは同時に歴史愛好者にとっての楽しみでもある。
たくさんの『たら、れば』を想像し、その結果の歴史の推移を思い描く。
その結果、世界がどんなに変わるかを。

今回は一つの『if』を語ってみたい。
『太平洋戦争時の米国大統領がもう少し賢かったなら』という話である。
太平洋戦争を戦った大統領は二人、ルーズベルトとトルーマンだ。
時期的に微妙なので、二人の内どちらが対象かは特定しない。


太平洋戦争は元々、米国にとっては本筋ではない戦いだった。
本筋はあくまでヨーロッパ戦線であるが、当時米国は対外不干渉を国策としていた。
だから参入できない。
それでもルーズベルトには参入したい理由があった。
禁を破って英国と中国(蒋介石の国民政府)に資金貸与していたからだ。
もしもこのまま英国が負け(実際に劣勢であった)、
資金回収が困難になったら政治問題と化し、責任が追及される。
彼にとってそれは避けたい事態であった。
ヨーロッパでの戦いに米国を巻き込み、戦いに勝利し、
英国から資金回収することが彼の望んだことだった。
太平洋戦争は米国がヨーロッパの戦いに参加する為の口実、いわば裏口だった。
日本が戦争を仕掛けてきた。
だから是非も無く戦争に突入する。
ヨーロッパ戦線には、その日本の同盟国であるドイツを叩く、という名目で参入した。
ここまでは歴史の事実である。


さて、『大統領がもう少し賢かったなら』、太平洋戦争の勝ちが見えた時点で、
それ以上日本と戦い続けることに意味を見出せなかっただろう。
その先にあるのは事実としての勝利と、『戦争に勝った大統領』という名誉だけである。
それは自動的に手に入る。
ただし、多くの命と引き換えであること、
得られる栄誉はあくまで個人的なものでしかないことを考え合わせると、
あまり賢い選択とはいえない。
大統領として真の国益を考えるなら、『勝ちが決まった戦い』を勝つよりも、
『これから始まる戦い』を有利に始めることに重きを置くべきだろう。
『これから始まる戦い』―、すなわち、『共産主義』との戦いである。

共産主義との戦いは、当時、誰もが意識しながら、
誰もが一歩を踏み出していない、
(目先の戦争で手一杯で、踏み出す余裕が無かった)懸案事項であった。
その問題に、他者に先んじて先手を打っておくのだ。

具体的に言うと、日本と休戦協定を結ぶ。
勝勢が決定的になってから(たとえばミッドウェー海戦の後など)休戦協定を持ちかければ、
かなり優位な交渉ができるだろう。
協定の条件として、蒋介石と共闘して共産主義を中国から排除することを求める。
あえて日本の力を温存させ、その力を毛沢東にぶつけるのだ。
当時中国戦線は三つ巴の戦いであった。
即ち、蒋介石の国民政府、日本陸軍の傀儡の中国政府、
そして毛沢東の共産主義のグループだ。
史実においても、日本は中国本土から手を引くことに異存はなかったし、
(満州と仏領インドシナだけは堅持したかった)
蒋介石とも休戦の動きはあったから、日本にしても無理な話ではない。
これには中国から共産主義を駆逐すると言う一義的な目的の完遂だけでなく、
スターリンをけん制する狙いもある。
そしてこれらの話がまとまれば、米国は全力を持ってドイツを叩ける。

うまくすれば蒋介石が勝者となり、
共産主義ではない中国が現出したかもしれない。
そして日本の力が温存されれば、満州がソ連の南下を防ぎ、
ベトナムにおいても共産主義が大きな力を持つことはなかったであろう。
(史実では日本が負け、日本の統治から離れた地域に共産主義が入り込み、
 米国はその地域での戦争に巻き込まれる。=後述)
また、ヨーロッパにおいても進行速度が速まり、結果、
共産主義の拡散をいくらかでも抑えられたかもしれない。
これだけでも共産主義との戦いを、かなり有利に始められる。
そういう可能性が、大統領の決断しだいで確かにあったのだ。


史実では太平洋戦争は継続され、日本は負け、
蒋介石もまた負けて中国は共産主義の国になった。
戦後処理の混乱期を衝かれ、朝鮮半島北部も共産主義勢力に奪われ、
ベトナム(=旧仏領インドシナ)にも共産主義勢力の台頭を許した。
結果として米国は朝鮮戦争、ベトナム戦争と二つの戦争を戦わねばならなくなった。
朝鮮戦争は未だ休戦状態であるし、北朝鮮は世界の懸念材料になっている。
今後の推移によっては、米国は更なる困難を強いられるだろう。
ベトナムでは米国ははっきりと負け、恥をかき、非難と自省だけが収穫物であった。
そして現在、共産主義の中国は潜在的敵性国家として大きくその存在を表してきている。
(蒋介石が勝っていたら、良きパートナーになっていたかもしれないのに。)
そして戦後、米国は赤狩りに狂奔し、共産主義との戦いに多大な労力を消費していく。
なんとも労力の無駄な浪費のように見える。
これほど共産主義の駆逐に必死になるのなら、
もっと早くから対処を始めていればいいのに、と思う。
これもすべて大統領の決断(決断しなかった)の結果なのだ。
70年たった今でも、その影響は続いている。
その事実に軽いめまいを覚える。


今日もまた、大統領は決定し続ける。
それらの決定が今後どういう影響を後世に残していくのか、我々も少し考えた方がよいと思う。




今週の一曲
DEPAPEPE 『 Hi-D!!! 』


Let's Go!!!

Let's Go!!!

  • アーティスト: DEPAPEPE,DEPAPEPE,TAICHI NAKAMURA
  • 出版社/メーカー: SME Records
  • 発売日: 2005/05/18
  • メディア: CD



『困ったちゃんにお仕置きを!』


沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

  • 作者: 遠藤 周作
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1981/10/19
  • メディア: 文庫



韓国が現政権になって、日本バッシングが酷くなった。
例によって人気取りの為の政策だと思うが、ここまでくるとやりすぎだ。
従軍慰安婦など虚飾に満ちた話を大統領自らが外交の場ですることは、
我が国に対する敵対行為以外の何物でもない。
前にも書いたけど、従軍慰安婦の問題は吉田清治の虚言なんだって。

国連の場でも、名指しこそしなかったが従軍慰安婦の発言があった。
そもそも、韓国国民には我が国に対する賠償請求権はない。
『65年の日韓合意』において正式に破棄されているから。
賠償はすべて韓国政府が行わなければならないのだ。
その事実を韓国政府が自国民に説明しているかどうかは別にして。
だから、今韓国が国際舞台で慰安婦に対する賠償を口にするのは、
本来自国の責任法規であるだけでなく、国際公約違反でもあるのだ。
国際社会を味方につけることによって我が事を成すつもりなら、
それはゆすりたかりの類でしかない。
(さすが韓国というべきか・・・。)

本当は基金など作って元慰安婦の保障などすべきではなかった。
形だけであれ、謝罪などすべきではなかった。
それらは『強く迫れば、たかれる』という確信を、たかりの常習犯に与えるようなものだから。

…という事を分かった上で言うのだが、従軍慰安婦に対する賠償に関心がある。
日本が賠償する、って言うのじゃなくて。
韓国は朝鮮戦争時にも慰安婦を用いていた。
もちろん、朝鮮戦争には我が国は関わっていない。
これは韓国軍が独自に行っていたことだ。
我が国に対してあれほどしつこく慰安婦への賠償と謝罪を言うのだから、
朝鮮戦争時の慰安婦に対して韓国政府はさぞかし手厚い賠償をしているのだろう。
後学の為に、知りたい。
まさか、何もしていない・・・なんて事はないだろうが。
自分は何もしていないくせに、他国には厳しく要求する(しかも本来請求権すらないのに)、
なんてことは、普通、恥ずかしくてできないからね。
(だけど、まぁ、韓国だからなあ・・・。)

政府機関だけでなく、司法機関も暴走気味だ。
対馬から盗まれた仏像を返さない決定をしたこともそうだが。
もっとも顕著なのは、戦時中の徴用に対しての賠償を日本企業に課したことだ。
本来なら請求権が無いということで門前払いすべきことだ。
完全に暴走している。
国際公約を、たかが一国家の司法機関が勝手に解釈を変えるなどあってはならないことだ。


ここらで我が国は態度を変えるべきだ。
毅然とした態度をとらねばならない。
国会議員の中にも報復論を唱える人が出てきているのは、まずまずいい傾向だ。
韓国がここまで敵対的行動をとるのなら、
潜在的敵性国家と認識して行動するのが我が国がとるべき態度であろう。
国民も、日本企業もそうあるべきだ。
かつてIMF危機の時、我が国は多大な資金を提供して韓国を助けた。
だが今、僕は韓国の為に指一本上げるのもいやだ。
日本国が韓国のためになることをしようとすることに、一国民として反対する。

ひとつ提案がある。
戦時下の徴用で訴えられた企業達は『65年合意』を楯に賠償を拒むべきである。
賠償する方が簡単だって事は分かってるけど、それをやると日本は永遠にたかられ続ける。
後続の為に悪い先例は残すべきではない。
その代わりにお金を出し合ってNGOを作る。
訴えられた企業たちだけでなく有志を募って。
そのNGOで、韓国の嘘を暴き、国際関係を是正していく為の調査・研究をし、
理論武装してロビー活動を行う。
理路整然に韓国の嘘を暴いていけば、国際的な理解も変わるだろう。
間接的にではあるが、この国にとって利益になることだ。




今週の一曲
Mike Oldfield 『Tubularbells』


チューブラー・ベルズ+2(紙ジャケット仕様)

チューブラー・ベルズ+2(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2013/10/30
  • メディア: CD



『静寂への誘い』


砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

  • 作者: 安部 公房
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 文庫



京都が好きだ。
京都のお寺で過ごす、これは関西ならではの贅沢であるように思う。
奈良でも鎌倉でもない、まして東京では決して得られないたおやかな時間がそこには有る。


日常生活に疲れて、自分が何者か分からなくなったとき、よく行く所がある。
東福寺・開山堂。
東福寺といえば紅葉シーズンの通天橋が有名だが、できればシーズンオフの人の少ない時期がいい。
通天橋を渡って、続く斜面を登りきったところにそれはある。
コの字型に配置された建物と山で切り取られた空間には、下界とは違う時間が流れている。
満たされる。
そこには何も無いけれど、すべてがある。
白砂利と、敷石と、小さな池と、山の静謐しかないけれど、すべてを包む優しい時間が流れている。
ぴいんと張り詰めた、だけど肌に心地よい空気は、ここが『晴れ』の空間であることを教えてくれる。

僕は考える。
満たされた空間の中で考える。
自分に何が必要かと。
幸せになる為に、何が必要かと。
下界ではブランド品や高級車や高級腕時計などが幅を利かせている。
だけどここではそんなもの達は何の意味もなさない。
『人が本当に幸せになるには多くのものは必要ないのだ』
この空間は『足るを知る』ことを教えてくれる。
とりあえず、僕には『素敵な恋人』以外に必要なものは思いつかなかった。


東福寺は山の中腹にあるから元々静寂に包まれているけど、
街の喧騒の中にも静寂に支配された異空間はある。
東寺(もしくは教王護国寺という)。
京都駅から徒歩圏内にあるこのお寺は、真言宗のお寺である。
『即身成仏』をとく真言宗らしく、このお寺では境内もにぎやかだ。
(ここのところは禅宗の東福寺とは対照的だ。)
東寺には庭園があり、大きな池があり、季節の花々があるから、
庭園を散策して時を過ごすのもいい。
五重塔を始め歴史ある荘重な建物にしばし現を忘れるもよし。
だができれば金堂や講堂に足を向けてほしい。

中は薄暗く、入った瞬間空気が違うことに気付く。
中の空気は、ここが世俗と切り離された空間であることを教えてくれる。
自然と背筋が伸びる。

講堂に配されているのは、大日如来を中心にした立体曼荼羅である。
中央に如来群、右に菩薩群、左に明王群、東西に梵天・帝釈天、四隅に四天王。
二十一体の仏像が整然と並ぶさまは、圧巻である。
凛とした空気に、しばし時を忘れる。

金堂には薬師如来像を中心に日光・月光両菩薩が脇侍として配置されている。
薬師如来像の前に腰掛け、巨大な如来像を見上げる。
ここでは流れる空気が講堂のそれよりほんの少しやわらかい。
薬師如来の穏やかな表情のせいであろうか。
右手の『施無畏』印は「あなたは今苦しんでいるけど、大丈夫だよ」という意味であり、
左手の『与願』印は「あなたにこれをあげましょう」という意味である。
そういう事を知ることも大切だが、ここでは如来の穏やかな表情がすべてを包括している。
穏やかなその表情を見ているだけで、苦しみも悲しみも辛さも融けて気持ちが少し楽になる。

恐る恐る如来様に話しかけてみる。
心の中で。
そっと。
「仏様、仏様、お腹のお肉が少し弛んでるようですが、
座ってばかりいないで少し運動なさってはいかがでしょう。」
すると仏様は、『ほっとけ!』とおっしゃいました。
(いや~、仏だけに。)

・・・お後がよろしいようで。




今週の一曲
QUEEN 『My Melancholy Blues』


世界に捧ぐ(紙ジャケット仕様)

世界に捧ぐ(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2013/10/30
  • メディア: CD



『I Hate ・・・』


シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

  • 作者: ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1959/05/04
  • メディア: 文庫



不動産屋が嫌いだ。
奴等は契約事で飯を食ってる筈なのに、利益の為なら自らその契約を破る。
過去に何度かそういった経験をしているので、たまたま悪質な業者に当たったわけでなく、
業界の体質的問題だと思われる。

弁護士に相談したこともある。
駐車場つきの物件を探していたのに、近隣別契約の駐車場利用の物件を紹介され、
時間的制限から妥協して契約した。
2~3ヵ月後、駐車場が無くなると言ってきた。
契約期間満了までの使用を申し入れたが、あるとき仕事から帰ってきたら閉鎖されていた。
おそらく、契約時には近々無くなることは分かっていたのだろう。
頭に来て知り合いの弁護士に相談に行った。
弁護士いわく、「100パーセント君の言うとおりだが、不動産関連の訴訟は勝てない」そうだ。
正義はどこ行った・・・。

今住んでるアパートの管理業者(不動産屋)も、何もしない。
入居前のメンテはおろか、通常の管理業務も、入退去時の立会いすらしない。
ある空き室はベランダがごみ屋敷みたいになってる。
これで大家さんからは管理料をとってるんだな。
気楽な商売だな。
軽蔑するよ。


最近、何時からかハッキリしないけど、入居契約時に『家賃保障会社』なるものとの契約を強いられるようになった。
これがまた、曲者だ。契約時に不動産屋の営業担当からは、
「万が一家賃が支払えなくなったときに変わりに払ってくれる仕組み」だと説明を受けた。
『病気や急な退職勧告など、何があるか分からないリスキーな世の中だから親切な仕組みだな』と思い、
安心を買うつもりで2~3万円の契約料を支払った。
ところがこの家賃保障会社、不動産屋に対して保障するが、入居者からしっかり回収する。
つまり、入居者には何のメリットも無いのだ。
本来不動産屋が行う『家賃の収集』という管理業務の一部を家賃保障会社に外注しているだけなのだ。
だから本来は不動産屋が負担するべきものを、入居者に肩代わりさせているのだ。
市の消費生活センターで弁護士立会いの元確認したから間違いない。
こうして入居者は何のメリットも無い契約の為に契約金を払わされ、
それだけでなく振り込み手数料などの余計な負担も増えるのだ。
ずるいし、卑怯だ。
こんなことばかりやっているから、俺は不動産屋が嫌いなんだ。

早く、こんな不正義が行われなくなるような世の中になってほしいものだ。




今週の一曲
浜田 省吾 『Money』


Down by the Mainstreet

Down by the Mainstreet

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックレコーズ
  • 発売日: 1999/09/29
  • メディア: CD



『あなたにあげる!』


パンセ〈1〉 (中公クラシックス)

パンセ〈1〉 (中公クラシックス)

  • 作者: パスカル
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/09/10
  • メディア: 新書



現在、極東地域が抱える問題は二つある。
ひとつは中国の拡大。大国政策であり、もうひとつは南北朝鮮である。
この二つを同時に解決する為に、ひとつの提案をしたい。
『朝鮮譲渡論』だ。
簡単に言うと、『中国さん、あんたに朝鮮半島をあげるから、
その代わりに東シナ海・南シナ海での無理な領土主張はやめなさい。』という話である。

多くの人は、極東の問題は北朝鮮だと考えるだろう。
だけど、北朝鮮問題は実は簡単なのだ。
戦争になったら、間違いなく北朝鮮は滅びる。
中国とロシアから『不戦』の言質を取れば、それで終わる。
米韓と北朝鮮の(主に質的な)戦力差を考えればそうなる。
下手をすれば韓国単独でも勝てるんじゃないだろうか?
もちろん相当なダメージを覚悟しなければならないけど。
 (戦略的に考えれば、韓国の弱点は首都ソウルが国境線に近いことだと思う。
  陥落の可能性がある。
  首都陥落に伴う首都機能喪失による混乱と心理的ダメージから立ち直る為の時間は致命的だ。
  その対策は前もって講じておくべきだろう。
  ま、僕ならそれ以前に首都を南に移しておくけど。)
問題になるのは戦争によるダメージと戦後処理の難しさなんだ。
核ミサイルなど一発でも撃ってしまえば、アメリカの逆鱗に触れ、同時に中露の支援も受けられなくなるだろう。


さて、北朝鮮が滅ぼされたとする。
勝者である米韓には戦後処理の責任が発生する。
考えられる方法は二つ。
理想的なのは、韓国が朝鮮半島全土を支配することだが、これはほぼ不可能である。
かつて東西ドイツが合体したとき、両国間の経済格差は六倍だったという。
当時西ドイツは高い工業力によって西側でも有数の経済大国であった。
にも拘らずかなりの経済的困難があったそうである。
韓国と北朝鮮の経済格差は三十八倍(最新のデータでは三十倍との指摘もある)。
韓国経済自体が不安定であるし、韓国の経済構造は南北合併という大事には向かない構造をしている。
もうひとつ考慮しなければならないのは、韓国自体がかなりのダメージを受けているであろうことだ。
南北合併を強行すれば韓国経済は耐え切れず、韓国自体に破綻の可能性が出てくる。
韓国の破綻は世界経済に深刻なダメージを与えることになる。
 (もちろん、我が国がとばっちりを受けることは間違いない。)
だから、この案は実行不可能だ。

そうすると北朝鮮単独での再生ってことになるが、これには大量の投資が必要になる。
だけど、誰がそんなお金を出すんだ?
あんな、核兵器やミサイルで他国を威嚇してゆすり・たかりをするような国の為に、誰が金を出す。
しかも回収の見込みも無い。
レアアースが出るらしいがそれも未確認だし、後は『喜び組』位しか目ぼしいものは無い。
アメリカがイラクでやったように、結局は中途半端で投げ出すしかなくなるのではないか?
石油でも出れば民間企業が投資するだろうが、それも無い北朝鮮では一層酷い状況になるだろう。
そうなると戦争の当事者として、勝者として、米韓は国際的な非難を受ける羽目になるだろう。
だから、この方法もダメである。
かくして北朝鮮は延命されているのである。


しかし、朝鮮半島が不安定であることは世界の将来に不安な要素を抱えることでもある。
そこで中国だ。
中国の経済力は巨大だ。
自国領になるのなら投資は惜しまないだろう。
一時的減速はあっても将来的に中国経済は力強さを増すだろう。
おまけに韓国もつけるから、まあ、何かの役には立つだろう。
いや、役に立つかもしれない・・・だな。
あ、竹島はあげないけどね。

これで当初の約束どおり、中国が他地域での領土主張を放棄するなら、
万事丸く収まってめでたしめでたしだ。


何?
韓国国民は不満だと?
どーでもいいよ、そんなの。
世界中にウソをばら撒き、レイプしまくり、マナーの悪い国民なんて。
元々朝鮮民族に国を持たせるなんて、分別のつかないガキに過ぎたおもちゃを与えるようなものだ。
今の南北朝鮮を見れば両方ともろくなものじゃないだろ、朝鮮民族の作った国は。
その程度なんだよ、朝鮮民族ってのは。
世界の将来の為に、朝鮮民族の国なんて無くした方が良いんだ。
な~に、朝鮮人たちは日本統治時代が嫌いなようだからその前の状態、
中国の俗国に戻してやるだけの話だ。
むしろ親切だろ?

めでたしめでたし。





今週の一曲
Chris Rainbow 『Love You Eternally』


ホワイト・トレイルズ(紙ジャケット仕様)

ホワイト・トレイルズ(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ウ゛ィウ゛ィト゛・サウント゛
  • 発売日: 2010/03/24
  • メディア: CD



『栄光の31番 哀愁の31番』


タッチ 完全復刻版 1 (少年サンデーコミックス)

タッチ 完全復刻版 1 (少年サンデーコミックス)

  • 作者: あだち 充
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2012/10/12
  • メディア: コミック



日本シリーズが終わって、今年の野球シーズンも終わってしまった。
我が阪神タイガースは今年も尻すぼみに終わった。
もう何年になるのだろう。
不完全燃焼のまま、もやもやとした気持ちのままでシーズンを終えるのは。

野球選手には背番号が付き物だが、ファンにとってそれは思い入れの深いものだ。
かつて活躍した選手の背番号を、若い選手が着けている。
当たり前のことだが、喜びと同時に違和感、そして若干の愛惜が伴う。
たとえば、背番号22は長い間田淵選手のものであった。
田淵選手が阪神を去った後も、その背番号を誰がつけても、
それは圧倒的存在感で田淵選手のものだったのだ。
それを覆したのは藤川球児。
球児は圧倒的ストレートとそれを駆使した大活躍で22番をものにした。
今球児はいないが、22番はいまだに球児のものだ。
小宮山がつけたって39は矢野選手のものだし、6番は金本選手、53番は赤星選手のものだ。

さて、31番である。
阪神の31番は僕が最もリスペクトする背番号だ。
掛布雅之―若いファンにはなじみが無いだろうが、彼は僕にとってのヒーローだった。
決して恵まれた体格でもなく、本人曰く「僕は中距離バッター」と公言していたが、
阪神の主砲として、四番打者として、一時代を築いた選手であった。
左打者でありながら彼がレフト方向に放つホームランは、芸実的でさえあった。
彼を見ていて、風格や存在感が四番打者に不可欠なのだと、分かった。
三振しても、「かっこいいな~」って思ってた(笑)。
正しく彼はヒーローだったのだ。

その掛布氏が阪神に帰ってくる。
これは今シーズン一番のニュースだ。
むしろ遅いくらいだ。
できれば監督になってほしいんだけど。
阪神の指導者、特に監督って、なぜか知らないけど暗い人が多い気がする。
人間を『陰』と『陽』に分けると陰の人ばっかり。
唯一星野監督が陽だった。
阪神の指導者には『陽』で、しかも理論派の人が相応しいと思うのだ。
掛布さんは陽だし、またドラフト六位からのたたき上げだから、そのあたりも期待できる。
早く見たいな~、掛布監督。


一方で、現在の31番、林威助(リン・ウェイツ)選手に戦力外通告がなされた。
僕は林選手に期待して痛んだ。
何年前のことだったか、林選手が京セラドームで二発のホームランを放った。
二本とも、力のある打球がライトスタンドに叩き込まれた。
その時たまたまレフトスタンド二階席で見ていたのだが、興奮したな~。
あれは「天性の長距離バッターだ」と思った。
「やっと、31番が帰ってきた」と思った。
阪神の31番は、浜中や広沢程度ではダメなのだ。
あの時林選手は金本や藤川より輝いて見えた。
それ以来、僕は林選手を応援し続けた。
だけど、林選手がスポットを浴びることは無かった。

阪神のいけないところ、弱点といっていいけど、生え抜きの選手が育たない。
特に長距離バッター。
さかのぼれば岡田元監督にまでたどり着いてしまう。
実に似十数年育っていない。
林選手もそうだが、才能のある選手はそれなりにいた。
なのに出てこないのは、もはや球団の育成能力に疑念を持つしかない。
球団はもっと早く手を打たねばならなかったんだ。
もしも掛布氏が指導者としてもっと早く帰ってきていたら、
もしも掛布氏が林選手に左方向への打ち方を指導していたら、
結果は違ったかもしれない。

林選手には―、幸運を祈る。
(パリーグで指名打者候補としてなら・・・)

かけ付しには、そんな阪神を根っこの部分から変えてほしい。
たのんだで~、掛布さん。




今週の一曲
浜田 省吾 『Baseball Kid's Rock』


誰がために鐘は鳴る

誰がために鐘は鳴る

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1999/09/29
  • メディア: CD



『ウソとたかりと・・・』


最終兵器彼女 (1) (ビッグコミックス)

最終兵器彼女 (1) (ビッグコミックス)

  • 作者: 高橋 しん
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: コミック



韓国には『朝鮮起源説』なるものがあるんだそーだ。
いろんなものが、あれもこれも朝鮮半島発祥だという。
たとえば、ドラえもんやセーラームーンは韓国のアニメだそうだ。
笑っちゃうね。
どうやら『パクリ』は韓国発祥みたいだね。

中国ではこれに辟易として、韓国人を毛嫌いする人が少なくないと聞く。
一方で、これを皮肉って「太陽も韓国製だ」と言っている人もいるらしい。
でも、これはちょっと笑えないね。
だって太陽が韓国製ってことは、韓国製品は安物で壊れやすいから、
太陽も数年先には壊れてしまう、ってことになってしまう。
これは困る。
「頼むから、太陽だけは壊れにくい日本製に変えといてくれ」と言いたい。


朝鮮半島の歴史は、我が国から見れば『文明伝播の通貨経路』でしかない。
東西の交易を考えるとき、中国を通って朝鮮半島を経由して我が国に伝播するルートの他に、
中国を北に大きく迂回して朝鮮半島に至るルートもあったらしい。
そうして伝播したものが、確か、正倉院の中にも収められていたと思う。
でも、ここにも朝鮮発祥と思われるものは無い。

朝鮮半島で発祥したものが本当にあるのか、正確には知らない。
ただ、必死に、嘘をついてまで自国発祥のものを求めようとする姿は、
悲しくもあり、滑稽でもある。
それは自国の文化に自信の無いことの現われだからだ。


過去はともかく、現在の朝鮮の姿からこの説を考えてみる。
もし本当に朝鮮半島を期限とするものがパクリのほかにあるのならば、だ。
それは嘘と、ゆすり・たかりと、レイプくらいのものじゃないかな。





今週の一曲
遊佐 未森 『〇の丘∞の空』


ハルモニオデオン

ハルモニオデオン

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony Music Direct
  • 発売日: 2006/12/13
  • メディア: CD



『韓国断交論』


チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)

  • 作者: 塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1982/09/28
  • メディア: 文庫



物を知ることは、楽しい。
新しい扉を開くことができるから。
だけど、たまに、知ることが苦痛につながることがある。
『韓国』がそうだ。
僕は『新しい時代の日韓友好』を夢想してあれこれと調べてみたのだが、結果、韓国を嫌いになってしまった。
知れば知るほど嫌いになっていくのだ。
感情だけでなく、理性的な判断としても『許せない』『嫌い』になってしまう。
そんな中、少し前のニュースだけど、どうしても心に引っかかるニュースがあった。
それは僕の頭の片隅から離れず、日韓関係を考える上でどうしても切り離すことができなかった。
熟慮の結果、『日韓友好』どころか僕のたどり着いた結論は『韓国とは一切の交流を断つ』であった。

そのニュースというのはこうだ。
2013年5月、95歳の男性が38歳の男に殴り殺されたという事件があった。
殺人者は、被害者の「わしは、日本統治時代は良かったと思う」という言葉に激昂し、
被害者を蹴り飛ばし、杖を奪って滅多打ちにして殺害した。
殺人者は「愛国心からやった」と供述しているそうだ。

被害者の95歳の男性は、終戦時には27歳くらいであり、十分な判断能力を持っていたと考えられる。
そしてその後の韓国の変遷も見てきた上での先の発言である。
その発言には真実のもつ重みがある。
他方、38歳の殺人者は反日教育は受けただろうが、日本統治時代どころか朴大統領(父親のほうね)の治世すら知りもしない。
利は完全に被害者にある。

ここまでは『単なるバカ男の凶行』で形のつく話だが、ここから先が韓国の韓国たる所以だ。
問題はその後。
このニュースを報道したメディアからして「酒に酔った上でやりすぎた・・・」と殺人者に同情的だし、
ネットの書き込みはさらに酷い。
殺人者を『愛国青年』と賞賛し、いわく、
 「そもそも日帝を賞賛した時点でジジイは犯罪者だろ、殺されて当然」
 「懲役刑?むしろ勲章ものじゃねえか」
 「正義の審判だ!」
 「裁判官は売国奴!(裁判で懲役五年の判決が出ている)」
・・・だそうだ。
この反応から判ることは、
第一に韓国人の言う『歴史認識』『愛国心』には事実の裏づけが無く、単なる思い込みであること。
第二に犯罪を肯定し、私刑を肯定し、人命軽視の傾向があること。
第三に法治国家としての基本とも言うべき遵法精神の無さである。
(元々朝鮮人の犯罪率の高さと遵法精神の希薄さは、日本統治時代から問題視されていた。)

こういう韓国人に対し、『野蛮人』『少なくとも現代人としての資質に決定的な欠落がある』と思った。
『韓国人に比べれば、北京原人のほうがよほど紳士的』ではないかと思ったほどだ。
いや、北京原人には会ったこと無いけど。
正直な話、呆然とした。
人の生き死にに対してさえ、日本の悪口が優先される。
不条理だし、気持ち悪い。
こんな狂った民族と共存などできない。
韓国人に対して、理を持って説を説くことは無意味だ。
誠意は踏みにじられ、紳士的な態度は帰って相手の増長を招く。
野蛮人には野蛮人にふさわしい態度で接するしかない。

僕はもう、あきらめた。
韓国との友好関係など夢のまた夢なのだ。

今、朴大統領(娘)は世界各国で我が国の悪口を言って回っている。
相手もバカじゃないだろうから、真に受けたりしないとは思うが、心地よいものではない。
某安部首相がやってるみたいに事あるごとに韓国と接触など持とうとせず、
これに対抗して韓国に利のある付き合いは民間も含めて一切やめるべきだ。
相手が考えを改めるまで、徹底的に断交すればいい。
その一方で我が国は我が国の考え・立場と、歴史の真実を世界各国に対してアピールしていかなければならない。
いわゆるロビー活動ね。
あのバカ女が、土下座して泣いて謝罪するなら国交を考えてやってもいい。
そのくらいの態度で接するのが、韓国にはちょうどいい。





今週の一曲
SAXON 『Motercycle Man』


Wheels of Steel

Wheels of Steel

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI France
  • 発売日: 2009/01/21
  • メディア: CD



『Once Upon A Time In IRAQ』


百億の昼と千億の夜 (ハヤカワ文庫JA)

百億の昼と千億の夜 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 光瀬 龍
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/04/05
  • メディア: 文庫



いつかあるとき、イラクに真の平和が訪れて、イラクの人たちが平和の風になれた頃のことです。
バグダッドの片隅で、子供たちとおじいさんが話をしていました。
おじいさんは物知りです。
子供たちの質問に何でも答えてくれます。
子供たちは興味津々でおじいさんの話に聞き入っています。

そのうち、一人の子供がおじいさんに質問しました。
 「ねえおじいさん、サダム・フセインって悪いヤツだったの?」
おじいさんはすぐに答えます。
 「ああ、悪いヤツだったさ。」
子供が聞き返します。
 「どのくらい悪いヤツだったの?」
おじいさんは少し考えてから答えました。
 「そうじゃのう。ブッシュの十分の一くらいかな。」





今週の一曲
Simon & Garfunkel 『BOXER』


若き緑の日々

若き緑の日々

  • アーティスト: ポール・サイモン
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1988/07/01
  • メディア: CD



『そんなご無体な・・・』


楊家将(ようかしょう)(上)

楊家将(ようかしょう)(上)

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • メディア: Kindle版




愚痴じゃ。愚痴じゃ。
今回は予定外の更新じゃ。
私事で恐縮なのだが、ブログ開始以来、週一回以上の更新を自らに課してきたが、予想外の出来事で更新できんかった。
前回、思わぬ『パンチラ』を見せてくれた神様に感謝を捧げたのじゃが、
もしかしてバチが当たったのであろうか、パソコンが壊れてしもうた。
僕のパソコンはたくさんの原稿とともに、神に召されてしまった。

何でだよ~。
「ありがとう」って言っただろ。
かわいい子羊の戯言くらい、大目に見ろよ。
せこいぞ、神様!
いや、せこいじゃないな。
小さいぞ、神様!
そりゃ、あんたにも『威厳』とか『倫理』とか『体裁』とか何とか、守らなきゃいけないものもあるんだろうけど、なにもパソコン壊すことはないだろ?
辛い労働を重ねてやっと買ったパソコンだったんだぜ。
仮にも『神様』と呼ばれるくらいなら、小さい事にいちいち目くじら立てないで、もっと大きく構えてろよ。
ビッグになろうぜ。ビッグに。
「ブヒブヒ」って、
それはピッグだっちゅーの!

というわけで、今度から小さなたわいもない戯言には目をつぶってください。
あ、お詫びに何かくれるっ言うのなら、きれいなおねーさんがいいです。
頼んだよ、神様。




今週の一曲
スターダスト☆レヴュー『おらが鎮守の村祭り』



HOT MENU

HOT MENU

  • アーティスト: STARDUST REVUE,根本要,三谷泰弘,松井五郎,山田ひろし,野依美幸,大泉洋,荒木とよひさ,竜真知子
  • 出版社/メーカー: インペリアルレコード
  • 発売日: 2006/03/01
  • メディア: CD



『神々の業』


ANTONIO GAUDI アントニオ・ガウディ―a+u Extra Edition(エー・アンド・ユー臨時増刊)

ANTONIO GAUDI アントニオ・ガウディ―a+u Extra Edition(エー・アンド・ユー臨時増刊)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: a and U
  • 発売日: 1977/12
  • メディア: ペーパーバック



今日、神の存在を感じた。


渋滞の中。
橋の上。
動きの取れないあきらめに、もう何度目かの溜息をついて廻りを見る。

ありふれた風景。
いつもの街。
いつもの夕方。
歩道を歩く女の子達。

歩行者よりも遅い車の動きに、もう一つ溜息を重ね、
自嘲気味にギアを入れなおす。
言い訳の様にCDのボリュームを上げ、
スムーズに歩いて行く女の子達を、軽い羨望を感じながら眺めていた。
その時。

一陣の風。
舞い上がるスカート。
一瞬の白。
…。
…。
…。
神様ありがとお!☆





今週の一曲
Alan Parsons Project 『Silence And I』


Eye in the Sky

Eye in the Sky

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony Music Distribution
  • 発売日: 2007/03/06
  • メディア: CD



『原発を考える』


週刊 プレイボーイ 2013年 8/12号 [雑誌]

週刊 プレイボーイ 2013年 8/12号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/07/29
  • メディア: 雑誌




福島第一の原発事故以来、反原発の声が絶えない。
長年反原発の立場にいる者からすれば、「やっと、まともな議論が出来る」という思いが強い。
何せ以前はまともな議論など出来なかった。
テレビで「原発に反対するなら電気を使うな」と、堂々と暴言を吐くヤツまでいる始末だ。
もちろん事故による福島の方々のご苦労・苦衷は痛ましく思うが、
それだからこそ今ここでしっかりとした議論を行い、よりよい明日に繋がって欲しいと願う。


僕自身は二十数年来の『反原発』である。
理由は、『極めて巧くいった状態でも、問題が山積みになるから』である。
きっかけは、当時某週刊誌(№32の表紙の夏菜ちゃん、激カワ 思わずフォトブック買っちまったぃ。)
に連載されていた記事である。
その記事は『原発は未来のエネルギー』というスローガンをまともに信じていた僕の稚拙な考えを破壊するのに十分な破壊力を持っていた。
以降、あちらこちらの本を読みあさり、たどり着いたのが上記の結論である。
『極めて巧く言った状態でも…』と断ったのは、大小問わず事故などが起きない状態の事であり、
(現実には小さい事故は頻発しているし、福島は別格にしても大きな事故も少なくない)
後に残される問題は主として廃棄物の問題である。
福島の事故などは、もう『何をかいわんや…』と言うレベルの話である。

もしも子供や孫に借金を背負わせてそのお金で豪遊しまくるジジイがいたら、
希代の愚か者として非難されるだろう。
しかし、このジジイ、もしかしたら僕等の姿かもしれない。
原発によってもたらされる廃棄物は放射線がなくなるまで、長期の保管を要する。
放射線の量が半分になる期間を『半減期』と言い、核物質の種類によって違うけれども、
例えばプルトニウム239は二万四千年の半減期を持つ。
(安全になるまで一体どのくらいの時間を要するだろう。…想像もつかないや。)
今から二万四千年前に歴史をさかのぼってみて欲しい。
その頃文明があったのかすらアヤシイ。
それを考えればこれがどのくらい長い期間か判ってもらえるだろう。

安全になる基準を仮に十半減期(最初の放射線量のおよそ千分の一になる期間)と仮定しても、
二十四万年の間保管を続けなければならない。
廃棄物を入れる容器も永遠ではないし、保管する建物だって、
(放射線の影響を考慮しなくても)百年はもたない。
そうなると容器の入れ替えや、
式年遷宮宜しく保管建屋の定期的な建て替えと廃棄物の移動もしなくてはならない。
それらにどれほどの労力とエネルギーを強いるのか。
これ、すべて我々が『必要』だと言って使ってきた電力のつけであり、
その多くを負担するのは我らの子孫たちだ。
こんな大きな負の遺産を、子孫に残す事を『よし』としないから、僕は原発に反対なのだ。
皆はどうだい?


原発に『賛成』にしろ『反対』にしろ、僕たち一般人のレベルではその程度で構わない。
しかし、政治家や経済界の重鎮など、国の行く末に影響力を持つ人々の意見は浅薄なものであっては困る。
『原発賛成』なら廃棄物の処理や万一の事故の対応を、
『原発反対』なら代替エネルギーを具体的に(メガソーラーなんてダメだよ。あんなの)、
現実に可能な範囲で語ってもらわねばならない。
だけど…、それを語ってくれる人は、いないねぇ。
責任ある立場の人でそれを語らない人は、まず、信の置けない人と見て間違いない。
大体、福島もまだ終息できていないのに、原発の再稼働を謳う人は、どこか頭、おかしいよ。

個人的には、メタンハイドレートの実用化を急ぎ、それを利用した火力発電を柱に据え、
如何に二酸化炭素を出さないようにするかの研究開発を進めるのが一番良い解答の様に思える。.
エネルギー問題の解決と共に、
メタンハイドレートの採掘など副次的な職業も増え、雇用にも役立つと思うのだが…。


日本の原発は、科学者たちの猛反対の中、政治家の主導で行われてきた。
その為、多くのゆがみが見られる。
今福島の惨状を見ると、
故武谷三男博士が原子力の三原則を、『公開』『民主』『自主』の順番で提示した意味がよくわかる。
『すべての情報が完全に公開される事』が如何に切実な問題なのかが判るから。
これもバカな政治家どもによって書き換えられてしまったけれど…。
何れにせよ、原子力と言う政治家どもには過ぎたおもちゃは、
まだ科学者の手を離れてはならない技術だった。
『核兵器』という言葉無くして原子力というロジックは完結しないのだ。
それだけは確かなようだ。


P.S. 原発について考えたいと思った諸兄には、西岡孝彦氏の『ぼくが、原発に反対する理由』と、室田武氏の『原発の経済学』の二冊をお勧めする。本当は件の雑誌の連載記事も読んで頂きたいところだが、難しいだろうから。





今週の一曲
Alan Parasons Project 『Day After Day』


I Robot

I Robot

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony Legacy
  • 発売日: 2007/03/06
  • メディア: CD



『YOU MORE !』


食卓は笑う (新潮文庫)

食卓は笑う (新潮文庫)

  • 作者: 開高 健
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/08
  • メディア: 文庫




フランスの週刊誌が、東京五輪決定の報を福島の原発事故を絡めた風刺画を掲載した問題が物議をかもしている。
日本側の講義にも、『日本人はユーモアが足りない』と開き直りにも似た態度をとっている。

ナルホド。
ユーモアね。
ユーモアは確かに大事だ。
個人的には『食べる事と味わう事には雲泥の違いがある。人生を味わうにはユーモアが必要だ。』と思っている。
だからユーモアの大切さは分かっているつもりだ。
ところで、『ユーモア』を日本語に訳すと、「あなた、もっと!」という意味になる。
なーんちゃって。うぷぷっ(笑)。
…。
…。
い、いや、なんでもない(汗)!

コホン。
西洋の風刺画は、古来、権力のあり方を揶揄し、暗にそれに対する批判を込めていた。
だからこそ、意義があった。
ユーモアやアイロニーは、弱者が強者に抵抗を続けていく為の武器であったのだ。
それは決して弱者を揶揄したり、傷つけたりする為には用いないものだ。
だからこそ、ユーモアには価値があるのだ。
もう一つ、ユーモアには知性が必要なんだ。

んで、問題の風刺画を見る。
え~と、どこが面白いのか分からないんですけど…。
彼らが何を批判し、何を指弾し、何と戦おうとしているのか、全く判らない。
少なくとも、この絵に風刺画としての価値は見いだせない。
こんな、口から入れたモノがそのままお尻から出てきたような、
知性のカケラもない様な絵を持ってきて、『ユーモアでござい』と言われても、溜息しか出ないよ。
もしも彼らがこの絵がユーモアであると、本気でそう思い、そう発言しているなら、我々は悲しむべきだ。
『(憧憬と共に仰ぎ見ていた)フランスのエスプリは地に落ちた』と。

この『カナール・アンシェネ』なる週刊誌が、
フランスの出版界でどのような位置を占める雑誌なのか、知らない。
問題の絵を見る限りは三流雑誌だと判断するしかないけど。
だけど、仮にもジャーナリズムの端くれであるならば、
きちんと取材してからその成果を記事として載せるべきだ。
写真やイラストも同様に、取材の成果を反映したものでなければなるまい。
彼らは震災直後の被災地を見たのか?
復興途上である今を見たのか?
フクシマを見たのか?
福島の、帰りたくても帰れない、復興にも手をつけられない人たちの苦衷を、
いら立ちを、あきらめを、悲しみを、絶望を、苦悩を見たのか?
これらを知ってなお、彼らがこの絵を肯定するなら、
彼らの人間性にはシンコクな欠陥があると断じなければならない。
この絵が福島の人達にどれほどの苦痛を与えるのかを思いやることすら出来ないのだから。
もしも、取材もせず、何も考えずにこの絵を掲載したのなら、
彼らはきっと、ジャーナリストの魂や誇りをトイレに流してしまったのだろう。

不快なのは、この世界には色々な価値観や感性を持つ国がたくさんあるのに、
彼らが、すべて自国の価値観をごり押ししているところだ。
価値観の違いはどうしようもないが、
(知らずに)人を傷つけることになってしまったのなら、せめて謝罪くらいはすべきだ。
それが人としての勤めであると思う。
それすらしないとは、フランス人とは、斯様に傲岸不遜で、礼すら弁えていない民族であるのか?
それとこの絵を見る限り、我々がフランスを敬愛し知っているよりも、彼らは遥かに日本の事を知らない。
日本を揶揄する時のステレオタイプに類するものだからね、この絵は。
これも残念なことだ。


何れにせよ弱者であり、苦難の中にある多くの人を傷つけてまで低俗な笑いを提供する事をユーモアとは言わない。
敬意にも値しない。
あっ。
もしかして、カナール誌の編集者一同は、
すでにスーパーフェニックスの毒にやられて全員ラリってしまっているのかな?
だったら仕方ないな。


最後に一つ質問。
もしもフランスが大災害に襲われたら、僕らはフランスに対してどんな反応をすればいいのだろうね?





今週の一曲
THE STYLE COUNCIL 『Dropping Bombs On The Whitehouse』


Cafe Bleu

Cafe Bleu

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Universal I.S.
  • 発売日: 2000/08/31
  • メディア: CD



『生活ホゴ?』


神殺しの日本 反時代的密語 (朝日文庫)

神殺しの日本 反時代的密語 (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2011/03/04
  • メディア: 文庫




八月から生活保護の需給金額が引き下げられた。
正確には生活扶助費が引き下げられたというのかな?
三段階で引き下げられる、今回が第一弾と言う訳だ。
でもこれ、本当によく考えられた施策なのか、はなはだ疑問に思う。

第一に、『世はデフレだ』と言うが、俺らビンボー人にはデフレの恩恵は感じられない。
灯油なんか十年前の倍くらいするし、ガソリンも数年前の1.5倍くらいになってる。
必要なモノが高くなってるんだよな。
だから安くなるモノがあったとしても、相殺されて高い印象しか残らない。
それに『アベノ何とか』でこれからインフレ方向にもっていくつもりなんだろ?
インフレになったらまたすぐ上げるつもりかい?
それとも『アベノ何とか』は最初から失敗する(笑)と見越しての処置なのだろうか?

第二に、決定事項ではないが消費増税が控えている。
まぁ、ほぼ確実に上げられるだろう。
なぜなら、消費税増税は自民党はじめ多くの政治家の念願であったし、
ここで上げなければ国民に『税と社会保障の一体改革』などとウソをついてまでゴリ押ししてきた意味がなくなるから。
生活保護受給者はギリギリの金額しかもらってないはずだから、ほぼ全額が消費に廻ると考えていい。
だから消費増税は実質的には減額と同意である。
つまり、生活保護受給者にとって生活扶助費は五段階に引き下げられることになる。
総額にして幾ら下がる事になるかは判らないが、消費増税の影響もきちんと考慮しないと、
下げ過ぎてしまう恐れがある。
下げ過ぎて、生活保護受給者の生活が逼迫するようになったら、
憲法に保障されている『健康で文化的な最低限の生活を保障する』事が出来なくなってしまう。
それでは『生活保護』ではなく、『生活反故』だ。

大体、『生活保護よりも給与や年金が低い』と言うのは純粋に雇用や年金の問題であって、
それを生活保護費の引き下げによって是正するというのは単なるごまかしでしかない。
こう言う誤魔化しばかりやってるから、
日本の政治はいつまで経っても良くならないんだし、僕らの生活も良くならないんだ。



ネット上には生活保護費を簡易計算するサイトがあって、戯れに入力してみたが、
現在の仕組みに問題があるとしたら、世帯人数が増えるほど受給金額が跳ね上がる所だろうと思った。
例えば母子家庭で子供二人という世帯を想定して入力してみると、二十一万以上になる。
俺の友人は手取り十五万程度で子供二人を立派に育てた。
公的扶助を一切受けずに。
普通は子供が多いからと言って給料が上がったりしないもの。
その辺を是正するというのなら賛成するけど、ね。


そもそも、生活保護は社会における最後のセーフティーネットだ。
これが頻繁に使われるという事は、社会そのものが上手くいっていない事の端的な証左だ。
社会保障のシステムが社会の現状とマッチしていないのかもしれない。
そこんところ、政治家たちはどう思っているのだろう。
気づいていないなら、政治家としての力量を疑問視せざるを得ないし、
気づいていて何もしないんだったら政治家失格だ。
まぁ、それが出来ないバカ共ばかりだから、
問題が大きくなって始めて対策を考え始める、という事を繰り返しているんだろうけど、ね。


生活保護費の増加を問題視し、その抑制を企図するなら、
構成比で上位を占める『高齢者世帯』と『障害者・傷病者世帯』には手をつけにくいから、
『母子家庭』と『その他の世帯』を中心に攻めるしかないだろう。
とはいえ両者合わせても全体の四分の一程度だから、劇的なほど下げられるはずはない。
それでも、ってことで考えると、『養育費の義務化』と『労働の強制化』という対策は出来るだろう。

養育費は元夫が元妻に対してあげるものではない。
形としてはそうなるが、本来父親の責任として子供に与えるものである。
たとえ妻の側に瑕疵があって離婚に至ったとしても、夫の、父親としての責任は減ずる事は無い。
従って養育費は払わねばならないものだ。
これを義務化し、強制力を持たせた施策とする事によって、母子家庭の保護費はかなり減額できるだろう。
な~に、自主的に払わないヤツは給与の差し押さえでもやればいい。

『仕事がない』との理由で長期に保護を受けているものは、特別な理由がない限り、期間を限るべきである。
個人的見解では半年。
その中で次の仕事を見つけてもらう。
自分で見つけなければ、ハローワークと協力して強制的に斡旋する。
憲法には『職業選択の自由』が謳われているが、
それには『公共の福祉に反しない限り』との但し書きがつく。
公費で生活しているのだから、徒にその期間を延ばす事は『公共の福祉に反する』のではないか?
憲法には『勤労の義務』も謳われている事でもあるから、この程度の強制は適法ではないだろうか。
普通に働いている人たちだって、必ずしも自分のしたい仕事をしている訳ではないし、
仕事の為に故郷を離れる人だって珍しくない。
彼らだけが望みの職を得るまで保護されるのは、一般常識から考えて許されるべきではないと思う。

せめてこのくらいの対策をやってから、保護費の減額に手をつけるべきだと思うがね。
まぁ、国が右往左往する様を、じっくり見物するとしますか。





今週の一曲
角松 敏生 『DESIRE』


TEARS  BALLAD

TEARS  BALLAD

  • アーティスト: 角松敏生
  • 出版社/メーカー: BMGビクター
  • 発売日: 1991/12/04
  • メディア: CD



『女性の胸部に関する一考察』





ジョジョの奇妙な冒険 1 (ジャンプ・コミックス)

ジョジョの奇妙な冒険 1 (ジャンプ・コミックス)

  • 作者: 荒木 飛呂彦
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1987/08/10
  • メディア: コミック




俺はおっぱい星人ではない。
断じて、無い。
その証拠に、AVを借りる時でも「この娘かわいい!」って思っても、巨乳だったらやめる。
節度がないんだよな、巨乳は。
だがしかし、俺は今、熱烈におっぱいが恋しい。
この間など、散歩の途中に見かけたジョギング中のおねえさんの揺れる胸を見ていたら、
「一万円あげるから、思う存分おっぱいを触らせて下さい!」と言いそうになってしまった。
危ういところで思い留まったので、『変態』と誤解される事は無かったが、いやぁ、危ないところであった。

これというのも、ここ最近、世間で『貧乳』と呼ばれる、胸が残念な娘たちばかり相手にしてきたせいだ。
まったく、とんでもないとばっちりだ。
この、清廉潔白で人品高貴なこの俺が、変態の汚名を着せられそうになるなんて。
あってはならない事だ。
こんな胸たちは断罪されるべきだ。
そうだ、ここは荒木飛呂彦先生(ジャンプコミックス『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ絶賛発売中!)のお言葉を借りて断罪しよう。
『貧弱 貧弱 貧弱 貧弱 貧弱 貧弱ゥ~』と。

俺は思う。
『おっぱい』と言うからには、『揉める』のが最低限の条件であろう。
同時にまた、(相手の男に対しての)礼儀でもあろう。
揉もうとしても揉めず、『つまむ』とか、『さする』になってしまうような胸は、もう、おっぱいじゃない。
おっぱいと呼んではいけない。
ただの胸部だ。
ただの胸部がいやなら、『ちっぱい』とでも名乗るがよかろう。
『小さなおっぱい』と同時に『失敗』にもかかっているのだ。
我ながらナイスなネーミングだと思うが、どうだろう。

何?馬鹿にするなだと?
フッ。その程度の胸で何を言う。まさに負け犬の遠吠えだな。
何ぃ?まだ大きくなるかもしれないだと?
フッ。笑わせるな。十代の少女ならともかく、三十過ぎて大きくなるかもだと?
そんな可能性は無いね。ミジンコほどもない。
努力してるだと?
仕方ない。今一度荒木先生(『ジョジョリオン』絶賛連載中!)のお言葉を借りるしかないようだな。
『無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄ァ』と。

フハハハハハ。思い知ったか!このぺたんこ野郎め。
己のちっぱいなど、胸部の円形のあざの上に巨大なイボが出来たモノと大差ないのだ!
その程度の胸で、偉そうにあれこれと言いやがって。身の程を知れい!


ふ―。思わず熱くなってしまった。
いかん、いかん。クールに行こう。
『胸』と言えば、思い出すのはナウシカ。
そう、『風の谷のナウシカ』のヒロインのナウシカだ。
宮崎駿氏の作品中のヒロインは、少女のイメージが強いので概して胸が小さい。
そんな中でナウシカだけが例外的に大きい。
それはなぜか?という話。
ナウシカの胸が大きいのは、子供に乳を与える為だけでなく、男を抱く為だけでなく、
作中に出てきた城オジや城ババ達が死んで行くときにその胸に抱かれて安らかに死んでいく、その為の胸なんだそうだ。
その為には大きくないといけないんだそうだ。
女性の胸にはそういうありがたい効能?もあるんだなあと、感心し、また納得もする。
ちょっといい話でしょ。

でも、逆に言うと小さい胸にはそういったありがたみは無いという事だね。
やっぱりここでも貧乳はダメだという結論が出る。
あ~ぁ、胸が薄いと情けも薄いってことかなぁ。
ダメだね、やっぱ。



書いちまったぜ。
喧嘩には負けたけど、スッキリしたぜ。
ざまあみろ。
…。
…。
…。
でもこれ、この原稿が見つかったら…、今度こそ命が危ない…。
危険が危ない…。
厳重に隠匿せねば。
絶対に見つからないように。

では皆さん、来週無事にお会いできるよう祈ってて下さい。


P.S. 荒木先生、勝手に使ってスミマセン。宣伝しといたんで許してくらさい…。





今週の一曲
PINKCLOUD 『Sweet My Baby』


CLOUD LAND

CLOUD LAND

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: バップ
  • 発売日: 2001/03/16
  • メディア: CD



『善悪の彼岸2』


毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

  • 作者: 今 東光
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1994/05/20
  • メディア: 文庫




米軍基地周辺で続く性的事件は、現在進行形の問題である。
いつまで経っても解決されない。
誤解を恐れずに言うが、これはある意味慰安婦より罪深いことである。
数ではなく質の問題として深い傷跡を残すからである。
被害者である女性にとっても、基地との共存を強いられている周辺住民にとっても、だ。
周辺住民は、『いつまた起こるかもしれない』ルサンチマンと共に暮らさねばならない。
さらには性的事件だけでなく、墜落事故や日常的な危険性も彼らにはある。
過去の事件の怒りや、悲しみや、やりきれない気持ちに対して、時間がその解決に力を貸す事はない。
そういう状況で日常を過ごさねばならない方々の苦しみは、察するに余りある。


現在極東地域で戦争は起きていない。
平時である。
通常の状態であれば、兵士たちに死の危険は殆ど無い。
しかし兵士という性質上、肉体を酷使し、時に緊張を強いられることに違いはない。
多少の娯楽と共に、性のはけ口は必要となるだろう。
職務に伴って生ずる性的欲求の処理は軍がきちんと管理すべきものだと、私は思う。
さもなければ無責任の誹りは免れまい。
現実に性的暴行事件は起きているのだから。
徹底した管理を望みたいところである。

米軍の現在の兵士たちの性的欲求の解決方法は、『自由恋愛』だそうである。
なるほど、耳触りのいい言葉だ。
しかし、その実態はどうだろう。
『自由恋愛』の結果、多くの私生児を生みだし、『不幸』の拡大再生産を行っている。
そもそも、勝てる者と負けた者、
持てる者と持たざる者の区別が明確にある中での『自由恋愛』とは何だ。
自由恋愛とは本来対等な関係の中で初めて成立し得るものではないのか。
かつてノルマンディー戦後に米軍がフランス人女性たちに行った行為も『自由恋愛』なのか?
私には、この『自由恋愛』という言葉、
兵士たちの性的欲求の管理放棄を美々しく糊塗した言葉の様にしか聞こえない。

現在でもなお、特に沖縄では、明確に持てる者と持たざる者の区別が存在し、
その中を『自由恋愛』という言葉が闊歩している。
勘ぐった考え方をするなら、日本政府が積極的に沖縄の開発と振興を行ってこなかったのは、
この『持てる者と持たざる者』の区別を維持したかったからではないのか、という疑念がわく。
その場合、沖縄は米軍への生贄、である。


日本政府の態度もさることながら、米軍の態度も重要だ。
現在、周辺住民との信頼関係はゼロである。
米軍もこの種の事件に対して無策ではないと思うが、もはや『遺憾の意』や『謝罪』で済む段階に無い。
もっとドラスティックな対策が求められる。
周辺住民たちが『おっ、これは…』と思うような、米軍の変化を感じ取れるような対策が必要だ。
その一つの案として、『風俗を利用する』と言った橋本氏の提案は検討に値するだろう。
私などは、下種な人間だから、特区でも作って米兵に娯楽を提供し、
その中でのみ性的サービスの供与が認められるという形にし、
その代わりに特区外での娯楽行為をいっさい禁ずるという案を考えてしまう。
そうすれば周辺住民の懸念はいくらかでも減ずるのではないかと思う。


現在アメリカは、韓国と共に我が国のかつての慰安婦制度を非難している。
先述の様に、フランス人女性をレイプしまくっていたり、
朝鮮戦争やベトナム戦争でも慰安婦制度を持っていた国達から批判される覚えはないけどね。
さらに言うなら、現在進行形で起きている兵士による性的事件に、
きちんとした解決策を提示できていない国に批判する権利はないと思う。
先に述べたように、これらの事件は慰安婦以上に罪深いものなのだから。

願わくば、米国には偽善の仮面を脱いで本音で対処してもらいたい。
人間が人間であり、『軍』というものが存在する以上、これらの問題は付きまとうのだから。
そうすれば日本に対する誤解も解けるだろう。




今週の一曲
McCOY TYNER 『We Will Meet Again』


Tribute

Tribute

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Palo Alto Jazz
  • メディア: LP Record



『善悪の彼岸1』


生物としての静物 (集英社文庫)

生物としての静物 (集英社文庫)

  • 作者: 開高 健
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1994/02/18
  • メディア: 文庫




少し前の話題。
従軍慰安婦に関する橋下氏の主張を聞いた。
まぁ、概ね間違った事を言ってる訳じゃないけれど、
彼のおかげで従軍慰安婦に関する正しい議論が大幅に後退した結果だけが残った。
彼のやり方は一々挑発的すぎるのだ。
理性に働きかける前に、感情を逆撫でする。
事の善悪の前に、感情的な拒否反応が連鎖的に励起し、議論が入る余地を無くしてしまう。
その後に残った結果は、一政治家、一政党の浮沈などとは比較にならない程の大罪だ。

話を整理する為に、『過去の従軍慰安婦とそれに関する問題』、
『現在もなお続く基地周辺での性的事件』の二つに分けて話してみよう。


まずは従軍慰安婦の問題。
これは当時、多少の違いはあれ、各国が似たような制度を持っていたようだ。
何も日本軍に限った事ではない。
時代がさがっても、朝鮮戦争やベトナム戦争でも慰安所はあった。
日本軍の場合、業者(当時売春は公に認められ、街々に普通に売春宿があった)
と提携する方式をとったため、軍が直接募集する事は殆ど無かったと思われる。
 (かなりの高給で募集していた為、その必要はなかった、との指摘もある。)

慰安婦問題で特に問題になるのは、『軍による強制があったか否か』という点であるが、
所謂、『従軍慰安婦の強制連行』は吉田清治なる国賊
 (こいつが存命なら直ちに日本国を追放すべきである)
の虚言であるとほぼ結論が出ている。
日本側の調査でも、韓国のジャーナリズムの調査でも、否定的な検証結果しか出ていない。
てゆーか、吉田本人が虚言であることを認めている。
あの極悪非道のたかり魔・李承晩でさえ、従軍慰安婦に関して何も言及していない。
つまり、当時の認識としては何ら問題はなかったという事なのだろう。


人間は心身が危機にさらされると、性欲が増進するものである。
正確には自らの遺伝子を残そうとする。
これは生物としての本能である。
梅原猛先生も召集令状が届いた時、強烈に子供が欲しかったと語られている。
まして戦場における兵士たちは常に死と隣り合わせである。
性的衝動も旺盛であった事は容易に想像できる。
その本能から来る衝動を管理しようとするなら、慰安婦という存在は不可欠なのではないか?
はたまた管理せずに侵攻先の住人をレイプする事の方が良いというのか?
ノルマンディー上陸作戦後のアメリカ軍が、『フランス人女性をレイプしまくっていた』とする研究が、
他ならぬアメリカ人研究者から発表されている。
人として、どちらが下劣で罪深い行為なのかは、論を待たない。

ところで、我々が使う漢字は表意文字である。
なぜ彼女らが『慰安婦』と呼ばれるのか考えてみた事があるだろうか?
戦場に赴く兵士たちはほとんど常に死と向かい合っている。
死の恐怖に曝されている。
彼らの恐怖を和らげ、慰め、癒し、明日への活力を与える、その為の慰安婦でなかったか?
だからこそ、『慰安婦』と名付けられたのではないか?
この様に考えていくと、軍が従軍慰安婦を持っていたという事は、
人間の本質と人生の機微に通じた処置であるように思う。
そして、その中において慰安婦は、ほとんど『聖女』に近い意味合いを持つ。
彼女達がいたからこそ、兵士たちは一人の人間として(強姦などもせずに)雄々しく戦えたのだから。
そんな『慰安婦』を『制度例』と訳す連中のメンタリティーが知れない。
 (戸塚某。こいつも国外追放だな。)


『河野談話』等を見ると、『本人たちの意思に反して』とか、『女性の名誉と尊厳』とかの言葉が見られるが、
なんて空疎な言葉だろう。
根本的に、過去の事実や常識を現代の感性で評価する事はナンセンスだ。
政治家としては犯してはならないミスだ。
なぜなら、政治家は徹底したリアリストでなければならず、
過去の事実や常識を現代の感性で測ることは一種のファンタジーであるのだから。
 
本人たちの意思に反してというが、それはむしろ『当たり前の事』ではないのか?
春を売る事が公に認められ、親が娘を売ることが珍しくなかった時代においては、
売春も一つの職業であると考えるべきである。
『本人の意思に反した』職にしか就けない人は、往時はもちろん現在においても大多数であり、
むしろ望んだ職に就ける人の方が幸運であると言えよう。
それがたまたま春を売る仕事だっただけの事だ。
そんな女性は日本人・朝鮮人を問わず数多くいたはずだ。

それに、『名誉』や『尊厳』は誰かに守ってもらうモノではなく、
自らの道を、誇りを持って歩むことによってのみ生ずるものだと思う。
それがどんな道であっても。

そもそも慰安婦たちの客であった兵士たちの中の少なくない人たちが、
徴兵という名の強制により戦地に赴いたのではなかったか。
なのに、ことさら一部の慰安婦のみを取り上げて『本人の意思に反して』だの『名誉や尊厳』などと言う事は、
逆にその他大勢の粛々と自らの仕事に向かい合ってきた人たち(老若男女、人種を問わず)に対して失礼ではないか。
戦争は(善悪の評価は別にして)、兵士のみが戦うのではなく、国全体が戦うものだ。
戦場に赴かない者も、何らかの形で戦争に貢献する。
そして戦争とはそれ自体人権無視の愚行なのである。

長くなったので、『現在もなお続く基地周辺の性的事件』に関しては次回。




今週の一曲
ANDRE GAGNON 『めぐり逢い』


インプレッションズ

インプレッションズ

  • アーティスト: アンドレ・ギャニオン
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2001/11/21
  • メディア: CD



『備えあれば…』


Last moment―GT roman stradale (Motor Magazine Mook)

Last moment―GT roman stradale (Motor Magazine Mook)

  • 作者: 西風
  • 出版社/メーカー: モーターマガジン社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: ムック




震災から二年半が過ぎた。
あの時の衝撃的な記憶も、時の流れに明滅し、リアリティーを失いつつある。
そんな中でも心に深い傷跡を残し、容易に離れられない記憶もある。
私の場合、一部会社の操業不能により、
被災してない地域の工場までがひと月に渡って停止した事がその一つだ。
日本の工業界にそんな脆弱性があったなんて思ってもみなかったから。
そしてその脆弱性は今後のこの国の行方に関連があると、直感したからだ。
日本の工業界は、トヨタの『カンバン方式』に代表されるように、システマティックに無駄なく構成されている。
これが強みであるが、非常時にはこれが弱点になる事もあるのだ。
この事に気づかされた。


ところで、我が国ではかねてより南海トラフ地震の可能性が指摘され続けている。
所謂、東海地震、東南海地震、南海地震である。
これらの地震は、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込む際に生ずる応力が蓄積されて、
それを発散する時に起こる物で、100年~150年に一度起こるといわれている。
これらが単独で、あるいは連鎖して起こる可能性も指摘されている。

もし、今、これらの地震が連鎖して起きたと仮定してみよう。

One Bright Morning…、東海地方を激しい地震が襲った。
地震は東南海、南海と連鎖し、地震とそれに伴う津波で日本中が混乱する。
被害地域は関東・東海から、
中京・紀伊半島・大阪沿岸・四国のおもに太平洋沿岸・九州の一部にまで広範囲に及ぶ。
被災額も甚大。
関東⇔近畿の交通網は遮断され、多くの都市機能がマヒする。

ここで最も問題だと思うのは、東海~中京と大阪沿岸である。
これらの地域には、多くの、日本が誇る企業の主要な工場が立ち並んでいる。
被災後、これらの工場は被害の程度にもよるが、長い期間の操業停止を余儀なくされるだろう。
工場自体の被害もさることながら、下請けや孫請けの会社もかなりのダメージを受けるだろうから。
先の脆弱性を考えれば、半年~一年かかったとしてもおかしくない。
より中枢に近い部分がダメージを受けるのだから。

ただし、これらの工場にはもう一つの選択肢がある。
『海外移転』である。
企業とは元来、利潤を追求するものである。
そして今は国際化社会である。
日本の企業であっても海外の資本が相当入っている。
『日本を再び立て直す!』という感情論の入り込む余地のないままに、
海外移転は決まってしまうかもしれない。
何せ、アジアに出ていけば、安い労働力で製品が作れるのだ。
工場再建にかかる費用・機関を考えれば、海外移転という選択肢も無理からぬことと思う。

さて、その時、である。
『その時日本の国債は暴落せずにいられるだろうか?』というのが、私の危惧するところなのだ。
企業が海外移転するという事は、法人税その他の税収の減少を招く。
海外移転する企業の数と、その規模にもよるが、税収の大幅減は避けられないだろう。
そうなると、国債の償還に支障をきたさないだろうか?
もしくは償還困難と判断されないだろうか?
『日本の国債の大部分は日本の銀行が持っているから、暴落の心配はない』と言うが、
この様な状況の中でも銀行は持ち続けているだろうか?
国債が暴落すれば、日本はもう借金できない。
そんな予算はもう、組めない。
地震で荒れ果てた国土と都市を前にして、我々は呆然と立ち尽くすしか出来ない、…のかもしれない。


これは私の想像だ。
『単なる妄言だ』と笑い飛ばすのも自由だ。
だが、もし、そんな危険性がほんの数パーセントでもあるのなら、『君子、危うきに近寄らず』、
前もって何らかの手を打っておくべきだろう。

打てる手は二つ。
一つは借金だらけの予算から、一刻も早く脱すること。
もう一つは企業の海外流出を予防する為に、税制を変え、企業に予備の生産拠点と設備を持たせること。
低利で貸し付ければ経済効果もあるだろう。
何れも今の政治家や官僚たちにはハードルの高い施策だと思うけれども。
でも…。





今週の一曲
Stardust Revue 『1%の物語』


Love Songs

Love Songs

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/02/23
  • メディア: CD



『What's 富裕層?』


哲学への回帰―資本主義の新しい精神を求めて (PHP文庫)

哲学への回帰―資本主義の新しい精神を求めて (PHP文庫)

  • 作者: 稲盛 和夫
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1999/06
  • メディア: 文庫




ある金持ちの愚痴が議論を呼んでいる。
今回はこれに口を挿む。

まず言いたいのは、『金持ちには金持ち特有の責任がある』という事だ。
お金というものは社会があって(あるいは健全であって)、始めてその価値を有しうる。
極端な話をしてみよう。
例えば明日、日本の社会が崩壊してしまう、あるいは信用を無くしてしまう。
すると、その瞬間から円の価値は暴落する。
下手をすると、紙屑同然になる。
お金は沢山持っていても価値がないから、ビンボー人と大差なくなる。
もしかしたら膨れ上がった生活を維持する為に、
かえって金持ちの方が余計な苦労を強いられるかもしれない。
そもそも金持ちが金持ちになったのは、本人の才能や努力や運もあるが、
社会が健全さを保っていたからでもある。
なぜなら、社会が健全で安定しているほど、消費活動は活発になるのだから。
つまり、『金持ちほど社会の恩恵を受けている』という事だ。
もしもあなたがお金持ちなら、今日から社会のありがたみをかみしめるべきだ。
もしもあなたが人間として欠陥を持つ者でなければ、『社会に何か恩返しをしよう』と素直に思うだろう。
これが僕の言う『金持ち特有の責任』だ。

京セラの稲盛和夫名誉会長の様に財団を作るもよし、会社更生の為に無報酬で働くもよし。
あるいは、どこかの施設に寄付をする、とかでもいいんだ。
何か社会に還元する事を考えるべきだ。
それを考えない金持ちは、黙って沢山の税金を払えばいい。
国が使い道を考えてくれるだろう。
それにさえ愚痴を言うやつは―、
そんな富裕層はこの国にはいらない!


彼の主張では『なぜ富裕層が必要なのか』を納得するに十分ではない。
富裕層は偉いのか?
立派な人間なのか?
富裕層がいる事によって社会は何を得る?
ヨーロッパなど、ノブレス・オブリージュの概念がかけらでも残っている地域でなら、
富裕層は自らの果たすべき責任を他人から指摘されずとも自覚しているだろう。
しかしこの国で、縦の哲学を廃し一億総平民化したこの国で、富裕層の価値とは一体何だ。
豪奢な家を持ち、別荘を建て、庶民には手のでない高級車に乗り、
週末にはクルーザーでパーティーをして優越感に浸るだけなら、そんなのは社会に寄生するダニと同等だ。

かつての富裕層は『文化の守護者』であった。
ガラクタな音楽を垂れ流し、庶民からお金を吸い上げて喜んでいる奴には理解できないだろうけど、ね。
そんな奴等は『罪滅ぼしに多額の税を納める』とでも考えて、あきらめるのが適当だろう。



まぁ、一個人の妄言に対して一回分のブログを丸まま使うのもアレなんで、ちょっと余計な話をしてみる。
僕は門外漢だから算定できないけれど、経済の専門家ならこの国の経済が良好に循環して行く為にはどの位の通貨が流通する必要があるのか、数値として指し示す事が出来るのではないかと思う。
今の経済学が単なる博物学に堕していなければ、だけど。
実際流通量がその数値を下回れば『不況』になる、という事だ。
かつて、一億総中流と言われた時代には多くの人がこの循環に参加できた。
従って、経済の良好な循環を保つ事は比較的容易に出来た。
しかし現在は格差社会であり、この循環に参加・貢献できる人は限られている。
格差社会を『是』とし、なおかつ好景気を望むなら、
循環に参加できる富裕層にガバガバお金を使ってもらうしか解は無いわな。
『無駄遣いを税控除の対象とする』、等の施策を用いて。

今はそういう風に動いていないけれど、国家財政を考える時、
近い将来必ず大ナタを振って支出を大幅に削減しなければならない時が来る。
組織をスリム化しなければならない時が来る。
(それこそ数年前から政治家に期待している事なんだけど、連中、バカな上に利己的だから…。)
同時に税金のあり方も考え直さなければならないだろう。
それこそ本当の意味での行財政改革だ。
それはほとんど『社会をリデザインする』行為に等しい。
その時に上記数値が役立つのではないかと思う。
その数値を満たす流通量を永続的に確保するためにはどのような社会構造が望ましいのか…、
と逆プロセスから考えていく事は出来るだろう。
そうやって出来た社会は、恐らく、不況に強い安定した社会になるだろう。

税金も、現在は税として集積し、各省庁に振り分けてから社会に還元されている。
これを寄付に置き換えられられるモノは全て置き換える。
寄付は基本的に(その割合は別として)税控除の対象とする。
省庁は寄付が変更しないよう、控除率を微調整しながらその均衡を図る。
こうしておけば、同じ額を納めるにしても寄付による出費の分は自らの意思によるものなので、
納税者の満足度は高くなるだろう。
また、税に対する意識も向上するし、多くの国民が広く社会を見渡し、理解を深めるよう導く事も出来る。


何れにせよ、我々国民はもう少し広く社会に目を向けたほうがいい。
愚痴を言うなら、そのうえで言うべきだ。





今週の一曲
LED ZEPPELIN 『Stairway To Heaven』


Led Zeppelin 4: Zoso

Led Zeppelin 4: Zoso

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Atlantic / Wea
  • 発売日: 1994/07/18
  • メディア: CD



『アベミノスク?』


百人一語 (新潮文庫)

百人一語 (新潮文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1996/06
  • メディア: 文庫




政権が再び自民党の手に戻って『アベノミクス』だの何だのとやけに勇ましい。
成功すればめでたい事であるが、じゃがわしは失敗するであろうと思うておる。


理由として3つ、挙げよう。
一つ目は、『企業の業績が上がれば給与が上がる』などという考えは、もう前時代的発想じゃ。
リーマンショック以前が良い例であろう?
それを信じておる限りは失敗するしかなかろう。
今の企業は業績が上がっても内部留保に充てるか、さらなる拡大路線の為の資金とするか、どちらかであろう。
昔、アメリカの口車に乗って、ネズミを追い払ってハイエナを招き入れたからのう。
(この表現は余りよろしくない事はわかっておる。特に前半。
じゃが他に適当な表現を思いつかんかった。許してけろ。)
今の企業は自己防衛のために多大な労力を必要とされておる。
油断をするとハイエナのえさじゃ。
『己のことしか考えない』経営をしなければ、株主総会でたたかれる。
こんな状況で、社員の給与に回す余裕があったとしても、わずかなものじゃろうて。

二つ目の理由。
これはすでに指摘のある通り、非正規雇用の問題がある。
『経済は膨張する』というのが、経済の基本理念であるが、非正規雇用者の給与は膨張していかない。
もしくは、経済の膨張速度に著しく後れを取っておる。
これが経済の良好な循環を阻害する一因じゃ。
元々人件費の高騰を嫌って非正規雇用を多数使ったおるのじゃから、これもそうそう上がる筈はない。
これまでの雇用対策の無策のせいで、非正規雇用者はかなりの数に上る。
正社員だけ給料が上がっても、多数の非正規雇用者に引っ張られ、その効果は相殺される。
従って経済の良好な循環を作りえない。
この層をどうやって良好な循環の中に取り込むのか、その策が一向に見えてこん。
わしには、この層をどう取り込むのかがアベノ何とかの成否に深く係わってくる気がするのじゃが。

三つ目。
テレビや新聞でエラソーに解説しておる連中は、基本的に金持ちである。
施政者も、官僚たちも同様。
民主主義において議論は必要じゃ。
それは意見の違いもそうであるが、立場の違う諸氏が議論をして初めて意味をなすモノじゃ。
経済問題を議論するのに、経済的な立場の違う者同士が議論をしなければ、それは何の意味もない。
つまり、金持ちだけじゃなくビンボー人も混ぜろと。
金持ちだけでは見落とす論点や意見が、必ずある筈なのじゃ。
国はかつての『一億総中流』と言われた時代から、だんだんとアメリカ式な社会構造になるよう仕向けてきた。
アメリカと言うのは変な国で、超金持ち国でありながら、同時に貧困率の高い国でもある。
つまり、極端に二極分化しておる訳じゃな。
このいびつな体制を支えているのは広大な国土とそれに伴う資源、低い人口密度である。
何の背景も持たない日本の様な島国が、アメリカ式でやって行ける訳はなかろう?
こうしてシステマティックに作られたビンボー人達が、経済の良好な循環を阻害している。
彼らを消費の輪に取り込める程の経済レベルにまで引き上げるには、忍耐と莫大な投資が必要になる。
なにせ、金持ちには不況によるダメージは大した事なくても、わしらビンボー人にはエライダメージじゃ。
それがボディーブローの様に長年に亘って蓄積されておる。
そこのところを金持ち連中は判っておらん。
さらには年金制度の崩壊から来る将来への不安もこの層は高いから、このダメージと不安が解消されない限り彼らが消費の輪に入ってくる事はない。
消費よりまずは貯蓄、という訳じゃ。


これらに対する認識の甘さと対策の不在が、わしを『失敗』という結論に導くのじゃ。
失敗したら、また、「ボクちゃんお腹痛いの。もうお仕事できないの。」と言って辞めていくんじゃろうなぁ、あのヘタレは。
わしの見方は、わしら一般消費者に密接に関係するレベルでの話じゃ。
株や、投資のレベル、さらには輸出を主とする大企業のレベルでは、また違った評価があるのじゃろう。
しかし、国全体を良好な経済の循環に乗せるためには、わしら一般消費者まで取り込めなければ、一時的なムーヴメントにしかならないじゃろう。
それでは『大山鳴動ネズミ一匹』じゃ。
意味がない。
まぁ、あと、政治家や官僚たちが良くやる事であるが、「一定の成果をあげた」という言葉でお茶を濁すという事も考えられるのう。
官僚語の「一定の成果をあげた」を日本語に訳すと、「失敗しました」になるから、皆もよ~くこれからの動向を注視していこうではないか。

ん?
わしならどんな対策を講じるか、じゃと?
そうさのう。
株主総会はすぐに何とかなる問題ではないから放っておくとして、法人税の仕組みを変える。
人件費の向上が見られる法人には法人税の減免措置を講じる。
個人に対しては高額所得者の税率をあげ、その代わりに寄付による税額控除の対象を広げる。
どうせ税金で持っていかれるなら、寄付した方が気持ちが良いからのう。
これには国民に広く社会全体を見る目を養わせる働きも期待できる。

非正規雇用、特に派遣労働者に関しては、公的派遣を行う。
『公』であるから、利益は最小でも構わない訳じゃ。
その分を割り振れば、企業にも、労働者にもメリットになる。
公的派遣のメリットはそれだけではない。
労働の現場では『雇用のミスマッチ』の問題もあるが、公的派遣なら、待遇が確保された上で色々な仕事を試せる。
安心して自分に合った職場を探せる訳じゃ。
間接的にではあるが、『公』の目が入るから、問題のある現場は浮彫にされるであろうし、さらに色々試せる事で職業訓練の機能も一部賄える。
同時に、既存の派遣会社に対しては圧力をかける。
今、派遣会社同士が現場レベルで協定を結んでいる事を、どれ程の人が認識しておるじゃろうか?
これによって奴等は公正な競争から逃れて暴利をむさぼっている訳じゃ。
法に抵触する事じゃと思うがのう。

ビンボー人対策には少々時間がかかる。
現行の年金制度は放棄して新たな社会福祉の体制を整えるのが先決じゃ。
そうして、好景気が続けばこの層のほとんどは解消されるであろう。
ただ、考えようによってはこの層は『カンフル剤』として使える。
ビンボーであるがゆえに、欲しいモノ、必要なモノが買えないのがこの層の現状じゃ。
つまり、潜在的購買意欲はかなり高いと思われる。
そこでアレじゃよ。
アレ。
何と言ったかのう。
数年前に議論に上がっていた政府が直接発行する紙幣。
アレを使ってこの層にバラ撒くのじゃ。
一年間とかの有効期間を設けておけば、経済の下支えが出来るじゃろう。
ただし、ケチってはいかん。
どうせ国家財政に影響はないのじゃから、十万円位気持ち良くばら撒く事じゃ。
しみったれた根性ではしみったれた結果しか得られんからのう。
とりあえずはこんなとこかのう。


そろそろおねむの時間じゃ。
わしは寝る。





今週の一曲
George Benson / Earl Klugh 『SINCE YOU'RE GONE』





Collaboration

Collaboration

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Warner Bros / Wea
  • 発売日: 1994/11/30
  • メディア: CD



『the day』




高村光太郎詩集 (岩波文庫)

高村光太郎詩集 (岩波文庫)

  • 作者: 高村 光太郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1981/03
  • メディア: 文庫




その日、いつものように鬱々とした気分で散策していた。
散策とは名ばかりで、実際にはあてもなく、気の向くまま歩いていただけだった。
活気溢れるスーパーも、華やかなショッピングモールも、どこか他所事の様に白々しく、僕を無視していた。
魅力的な商品たちは色褪せ、読みたい筈の本も誘いかけてはくれなかった。

こんな時、梶井基次郎なら檸檬を見つけるのかもしれないが、僕には何もなかった。
何も、僕には微笑みかけてはくれなかった。

心身ともに消耗し、あきらめきった帰路の途中、ちょっとした気の迷いでフラリと立ち寄った家電量販店の片隅にそれはあった。いや、いた。
黒の衝撃。天使の微笑み。
雑然と置かれたモノたちの上にそれはいた。
恐る恐る手に取ると、それは確かに微笑みかけてくれていた。この僕に。

短く、長い逡巡の後、それを持ってレジに向かった。
十分足らずの帰路の途中、『つまらない散財をした』という軽い後悔と、早く部屋に辿り着きたいという気持ちの中、僕は確かにドキドキしていた。
まるで恋の様に―。
帰り着くと、ハーフコートを脱ぐのももどかしく、それを、開く。



1/8スケール『けいおん!』秋山澪・学園祭ver.完成品フィギュア。
いっやー、良く出来てるわ、これ。
すげーかっわいー。
澪ちゃんが持ってるフェンダーのジャズベースも完成度高いけど、やっぱ澪ちゃん。
恥ずかしがり屋の性格も良く表現されてるよね。かわいー。
手に取ってみているとだんだんテンションあがって来るわー。

ふと思いついてスカートの中を見る。
!!!!!
パ、パンツが原作・アニメと同じ設定の青と白の縞々!
やったー(何がやったのかは知らんが)、もう一気にテンションMax~
こうして、その日、僕はフィギュアにハマったのでした。えへえへ。

一月後、同じ店に行ってみると、同じシリーズのムギちゃんが置かれていた。
『ムギちゃんはどんなパンツをはいているんだろう…?』
湧き起こった疑問に知的探究心を刺激された僕は、躊躇なく、敢然とレジに向かったのであった。
純白でした~。えへえへえへ。

あれから数年、一時は卒業したつもりだったけど、再びこの世界に帰ってきた。
今のお気に入りは、すーぱーそに子ちゃんのGothic maid ver.。
もうね、ポージングが最高!
ちょっと苦しそうな態勢がS心をくすぐります。
しかし、良いのかねぇ。
こんなに食い込んじゃって。
いや、嬉しいけど。

フィギュアにハマり始めたころは、『すーぱーそに子なんかにハマったら、もうオレの人生はおしまいだな』と思っていたけど、このそに子ちゃんの、戸惑っているような、泣き出しそうな、せつなげな表情を見てると、『そんなもん(オレの人生)、どーでもいいわ!』って思っちゃう。えへえへえへえへ。


みなさんも一度ハマってみませんか?
さーて、次は何を買おうかな~。




今週の一曲
Michael Schenker Group 『INTO THE ARENA』

『日本学のススメ』


知的な痴的な教養講座 (集英社文庫)

知的な痴的な教養講座 (集英社文庫)

  • 作者: 開高 健
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1992/05/20
  • メディア: 文庫




我が国の近くには『歴史認識』という言葉が好きな国が二つある。
この言葉自体が胡散臭い。
なぜなら、『歴史』という言葉には客観性が含まれるが、『認識』というのは一人称の主観である。
この二つの言葉をつなげた時、客観的な事実を自分の都合のよいように解釈しようとする意図が垣間見える。
しかも公平性の陰に隠れ、いかにも自分たちが正しいかのような顔をして、である。
(狡猾、且つ、卑劣なやり方だね。)
そして我が国はこの言葉に弱い。
なぜ弱いのか?
それは歴史を正しく知らないからである。


例えば韓国。
彼の国は我が国が30年に渡って植民地化したという。
確かに1910年に朝鮮併合を行っている。(武力による併合ではない)
しかし朝鮮半島はそれ以前、15年程の『大韓帝国』時代を挿んで一千年?の長きにわたり中国の隷属国家であった。
その大韓帝国も、日清戦争後の下関条約で中国の支配を離れることになり、初めて成立した国家である。
ただ、大韓帝国は非常に遅れた国家であり、また汚職もひどく不安定な国家であり、それがために極東地域の安定が損なわれる事は先進諸国の懸念材料であった。
事実、それをねらってロシアが南下し、日露戦争を起こす。

朝鮮半島を併合する事は、日本国内でも賛否両論あった。
特に併合後に必要になる莫大な投資は、政財界を中心に反対の大きな根拠とされていた。
それでも併合に踏み切ったのは、欧米列強に対抗していく為に広い国土と多くの国民を求めたからである。
つまり、植民地ではなく、『新しい国土』『新しい国民』として迎え入れたのである。
因みに併合するにあたって、米・英・露の強い支持があり、その他列強や中国から異論はなかった。
そして、朝鮮半島に莫大な投資をしてインフラを整備し、学校を建てて教育を推進して識字率を大幅に向上させ、身分制度を無くしてすべての朝鮮人に姓を許した。
朝鮮への投資を優先したため、日本の、東北地方の開発が遅れたとの指摘もある。
それ程に力を入れて朝鮮半島を近代化させようとしたのである。

こうして見ると、(植民地を『是』とする当時の世界情勢のなかにあって)朝鮮併合は決して恥ずかしい行為ではないし、感謝される事はあっても非難される事は無いように思うのだが、現実はいまだ非難(というより嫌悪感)に曝されている。
韓国における戦後の反日教育の賜物であろう。
李承晩はよっぽど日本の事が嫌いだったんだろうね。
彼の呪いは60年を経た今でも生きていて、日韓両国が享受するはずであった友好関係を破壊しつくしてしまった。
恐るべきは李承晩。
忌むべきは李承晩。
と言ったところかな。

こう言う事を知っていると、不当な言いがかりに対しても毅然としていられるだろう?


我が国はなぜ、自分の国の事を子供たちに教えようとしないのだろう。
素晴らしい文化を持ち、世界でも有数の、しかも現在なお生きている古くからの文明を持ち、優れた先人たちに育まれ守られてきたこの国を、なぜに誇ろうとしないのだろう。
「現代は国際化社会だ。英語教育にこそ力を注ぐべきだ」と言うかもしれない。
それは違う。
全く逆だ。
国際化社会であるからこそ、日本人としてのアイデンティティとそれに基づくしっかりとした日本人としての思考が必要なのだ。
同じ言葉を話し、自分の意見を持たない者はすぐに誰からも相手にされなくなる。
通訳が必要になっても自分の意思をしっかりと語れる人間こそ、国際化社会に必要とされる人間像なのだ。

例えば、オーケストラ。
オーケストラには多種多様な楽器がある。
だからこそ美しいハーモニーを奏で、我々を深い感動に巻き込めるのだ。
これがヴァイオリンだけ、ティンパニだけだったら…、五月蠅いだけかもしれない(笑)。
だから我が国も、世界が美しいハーモニーを奏でられるように、独自の音色を持つ国になるべきなのだ。

もう一つ、全く別のアプローチから指摘する。
『組織論』という観点から考えると、皆が皆同じ方向を向いていると組織が困難に陥った時に良い解決策が得られない。
何か一つ共通の意識でつながっていて、それでいて個々が多種多様な方向を向いている方が、組織として柔軟でいられるし、健全である。
現実に、今の世界は欧米が中心の思想で成り立っているけれども、ここ数年の経済危機に関して良い解答を見いだせていない。
危ない綱渡りを何とか続けているだけではないか。
経済に関して多種多様な考え方が出来ていないからだ。

こうしてみると、日本が独自の考えを持つ事は、一種、責務でもあると思うのだ。
国際社会に対しての。
その独自の考えは己を知り、己の文化を知り、己の歴史を知り、他者との関わりを知り、謙虚でありながら己を誇る事によって始めて成し得るものだと思う。
砕けた言い方をすると、つまり「もっと日本を知ろうよ」ってこと。
その為に、日本の全知を集めて『日本学』を作ることを提唱する。
そして、英語の授業なんか減らしてもいいから、全学年で『日本学』を義務化するべきだ。

『天はアジア(日本)の上に欧米を作らず。アジア(日本)の下に欧米を作らず。』





今週の一曲
CHAR 『Smoky~U.S.J ver.~』


U・S・J

U・S・J

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2008/11/19
  • メディア: CD



『韓国って、ヘンな国』


木のうた (海外秀作絵本)

木のうた (海外秀作絵本)

  • 作者: イエラ・マリ
  • 出版社/メーカー: ほるぷ出版
  • 発売日: 1977/12/10
  • メディア: 単行本



「北朝鮮はアブナイ国で、韓国は普通の国」、というのが現在の一般的認識だと思うが、今回はこれに異を唱えたい。
もちろん、北朝鮮がアブナイ国であることに異論はない。
だってその通りだもん。
問題としたいのは後半部分である。

多くの人はお忘れかと思うが、韓国はつい最近まで軍政であった。
第六共和国期の始まりをその境とするなら、1948年の建国から1987年まで。
その間、韓国は軍の強い影響下にあった。
ただしそのこと自体は建国の経緯や当時の情勢からして仕方のない事であったのだろうと思う。
その後朝鮮戦争が勃発。
同戦争が休戦に入った後、北朝鮮と韓国は互いに互いを転覆させようと張り合うのだが、これがまぁ、迷惑な話だ。
表立っての戦争ではない分、陰に籠った争いになった。
誤解を恐れずに言うなら、『テロ合戦』である。
韓国が標的にされた『ラングーン事件』や『大韓航空機爆破事件』は有名だけど、韓国だって負けちゃいない。
『シルミド』という映画がある。
実話を基にした話らしいが、簡単に紹介すると韓国軍が当時の北朝鮮のトップ・金日成を暗殺する為に秘密部隊を養成したが、政治状況の変化に伴い邪魔になった秘密部隊を、全員殺害する事によりその存在を隠蔽したというストーリーだ。
随分ひどい話だ。
自国民の生命さえ何とも思わないことに驚き、憤慨もするが、成功したかしないかの違いはあっても根本的にテロにより物事を解決することに躊躇がないところは北も南も同じであることに、呆れた。
常識人の立場から言わせてもらえば、(先の二事件も含めて)こーゆーのは『蛮行』というのだ。


先に二国の争いを迷惑な話、と言ったが、それは我が国にも関係があるからだ。
所謂日本人拉致問題は二国のテロ合戦の中で発生した問題だし、韓国が国内でテロを行おうとした『新潟日赤センター爆破未遂事件』や、人権侵害・主権侵害である『金大中氏事件』(因みに、この時金氏は危うく殺されるところだったそうだ。それ以前にも彼は事故を装った暗殺未遂事件にもあっている。)も、その例として挙げられる。
後者はKCIAの仕業だし、前者は韓国政府の命令である。(『日赤センター事件』当時、KCIAはまだ無かった。李承晩大統領失脚後にテロ活動は下火になる。)
 
そもそもこの李承晩なる初代韓国大統領、かなり酷い人物だったようである。
数十万単位で自国民を虐殺し、竹島を不法占拠し、さらに対馬をも韓国領土として返還要求を出し、日本人漁師数千人を抑留し、さらに『第一大邦丸事件』を起こす。
これらの事件に対して、韓国から我が国に正式な謝罪や賠償が行われたという話は聞かない。
先の二事件もだけど。

こうしてみると、「韓国は『テロ国家』であった」と断言するのに何の躊躇も感じない。
てゆーか、「これがテロ国家でないのなら、この世にテロ国家なんてないんじゃね?」って思っちゃうね。
『竹島問題』はテロ国家の行った『蛮行』の一つなんだ。


さてここで問題。
先に『韓国はつい最近まで軍政であった』とし、その境として1987年をあげた。
これは実は「昔はひどかったけど、いまは変わったんだよ」「軍政だったからひどかったんだよ」って言う、韓国に好意的な見方から出た発言なんだ。
問題は『本当に変わったのか?』と言うところだ。
それが軍政であれ、民政であれ、テロはテロであるし、蛮行は蛮行である。
大統領の失脚だとか憲法の改正だとかいうものは単に外形的変化であり、その本質の変化を保証するものではない。
果たして韓国は本当に変わったのか?
皆はどう思う?
俺の答えは残念ながら、Noなんだ。
変わったというなら反省なり何なり出てくるはずだが、韓国は過去の蛮行に対して反省していない。
今も不法占拠を続ける竹島問題にしろ、最近の韓国議会における対馬返還声明にしろ、また、先の『日赤センター事件』の工作員(工作員と言えば聞こえはいいが、実際はテロ事件の犯人だぜ)の死者を国立の墓地に顕彰し、さらにはこの時の工作員及びその遺族に慰労金を給付するなど、テロ国家であった過去を恥じるどころか追認しているとしか思えない。
だから韓国は変わっていない。
テロ国家のまんま。


我が国は直近にアブナイ国を二つ抱えていることを改めて認識せねばならない。
冷戦構造の中で韓国は米国の庇護下にあり、周辺地域の事情から多少の蛮行は黙認されてきたのであろうが、このまま暴走を許しておくことは将来に禍根を残すことになるだろう。
ここらで一度凹ませておく必要があると思う。
我が国はもちろん、国際社会は認識を改めて、韓国にはそれにふさわしい遇し方をすべきである。
そうして、本当の意味で普通の国になるべく導いていくべきであろうと思う。
(北朝鮮が片付かない限り、そういう雰囲気は醸成されないと思うが…。)


だから、我々も『少女時代』の脚線美をグッと我慢して、『KARA』のヒップもググッと我慢して、ももクロを応援しよう!(あれ?気のせいか結論がおかしい気が・・・。まあいっか。)





今週の一曲
HUGHES/THRALL 『I Got Your Number』


Hughes / Thrall

Hughes / Thrall

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Rock Candy
  • 発売日: 2007/02/06
  • メディア: CD



『落日の調べ』


はだか―谷川俊太郎詩集

はだか―谷川俊太郎詩集

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1988/07
  • メディア: 単行本


先の震災以来、『虚しさ』が心を離れない。
届かない叫び。行き場のない思い。そして傍観者の孤独。
『もう少し良い未来』を求めて発せられた拙者の思いは、受け取る者もなく雲散霧消してしまった…。
そんな中、多くの失望があった。
とりわけ政治家と呼ばれる人々に対するそれは、むしろ絶望に近かった。

『国を動かす人々がこんな心構えで良いのか?』

こう言うと、多くの人には右往左往してばかりで役に立たない政府や、フィリピンでゴルフしてたヤツ、あるいは綺麗なおねーさんと羽目を外していたヤツ等々の姿が容易に想起されるだろう。
役に立たない政府には「政治家ごっこは楽しいでちゅか?」と、
ゴルフに対しては、「まぁ、ボケ老人のする事だから大目に見てやろう」と、
おねーさんに対しては、「羽目をはずしてたんじゃなく、ハメてたんだろうが!」と、
それぞれ突っ込みを入れることしかワシらには出来ん。
それでせめてもの、溜飲を下げるしかないのだな。
…。
…。
下品でスミマセン。


拙者にはもう一つ、忘れられない事があるのじゃ。
政治家がらみで残念な経験が。

震災で世界中の祈りと善意が被災地に集まる中、韓国が『竹島の実効支配を強化する』と発表した。
拙者は武士の末裔の端くれとして、この様な卑劣極まりない行為は唾棄するものであるが、
国として無反応であるのは極めてマズイと考えた。
震災で大変、とは言えそれでも世界は回っておる。
震災以外の対応もキチンと出来なくては、国を背負うものとしては失格であろう。
ここで適切な対応が出来なければ、ロシア・中国に続いて韓国にも外交的無策・無力を曝し、
悪いメッセージを発する事になる。
だがしかし、おままごと内閣じゃ。ヘタレ政治家どもじゃ。
何も出来ないであろうと考え、ある野党(当時)の政治家にメールを送ることにした。
声をあげてくれと。声をあげるよう働きかけてくれと。
この政治家は国防通であり、島根県(竹島は島根県領)に近い所の御出身であるから、
竹島問題に関しても深い思いをお持ちの事であろうと期待しとったのじゃが…。
結果はなーんも反応なし。
結局、国として『無言』という最悪のメッセージを発してしもうた。

この政治家が誰であるか、あえて言わない。
ただ、この件以来、拙者の中で石破茂の評価はガタ落ちじゃがな。


今後も拙者は政治家の非難をする。
じゃがの、それは『悪口』ではなく『評価』として非難するのじゃ。
政治家が(本来求められる)政治家としての器量・能力・態度がない、もしくは足りないから非難するのじゃ。
あるいはその思想が間違っていると思うから、非難するのじゃ。
それは我々日本国民の権利である。
国民は『良い政治』を享受する権利を持つ。
劣悪な政治家には劣悪な政治しかできず、そのツケを被るのは常に我々国民なのである。
陰に、陽に。早い、遅いにかかわらず。
それを思えばじゃ、もう少し政治家に厳しく接しても良いと思うぞ。
国民もマスコミも、政治家に対して寛容に過ぎんかのう?


虚しい。虚しいのう。
震災から二年半。
本来なら屍を乗り越えてでも前よりも良い国家を目指して邁進しておらねばならんころじゃ。
なのに復興はまだ端緒に就いたばかり。
復興のための費用をネコババする連中もいる始末じゃ。
政治家どもはバカで利己的な奴らばかりじゃしのう。
震災であらわになった日本工業会の脆弱さにも何ら対策も講じておらんし。
今、東海地震とか怒ったらどうなるんじゃ?
アウトだよ。アウト。
ケンシロウなら、「貴様はすでに死んでいる」と言っておるとこじゃ。

大切なものが失われようとしている。
大切なものが刻一刻と失われて行っている。
大切なこの国が。
この国の文化が。
それを見ているしかないのは、とても、虚しい。




今週の一曲
Cozy Powell 『SUNSET』
嗚呼、コ―ジー…、ゲイリー…。


サンダーストーム

サンダーストーム

  • アーティスト: コージー・パウエル
  • 出版社/メーカー: USMジャパン
  • 発売日: 2013/06/12
  • メディア: CD



『はじめに』


梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫



『女子もすなるぶろぐというものを拙者もせむとて、…』
なんちって。

いまさらながらブログをやってみようと思いました。
ただ、日記代わりに書き綴るのではなくて、『誰か』に思いを伝えることが目的です。
『誰に』、『何を』というのは簡単なようで難しい。
少し回り道につきあって頂きたい。

僕は歴史が好きで、その手の書物を読む事も多いのだけど、そんな時いつも思う事がある。
「歴史(という流れ)の中で僕たちは孤立した存在ではない」という事です。
必ず前の世代から引き継いできたモノがあり、後の世代に引き継ぐモノがある。
そして今、僕が、僕達の世代が次に渡せる世界が、社会がどんなものかを考える…。
それを考えると、恥ずかしい。後ろめたく、また、背筋が寒い思いがする。
それも年を追うごとに悪くなっている。
『もう少し良い形で引き継ぎたい』、そう思います。
だけど僕は浅学・非才の凡だし、なんの力もない。
それでも何かせずにはいられない。
微力だけど、無力じゃない。
限りなくゼロに近いけれど、ゼロじゃない。
自分の『微力』を信じよう。
「自分は無力だ」とあきらめたら、その時点で民主主義は死んでしまう。
だから僕は微力を信じて語る事にした。
僕の言葉を受け取ってくれる『誰か』に向かって。
その言葉の中に『少しでも良い世界』にしていく萌芽があればいい。
それがいつか芽生えてくれれば…。
ただ僕は語るだけだ。
誰かと議論したい訳でも、対話したい訳でもない。ただ語るのみ。
言葉を受け取ってくれた人が、感じ、考え、一歩を踏み出せばよい。
全てはそこから始まると思っている。
これで、『誰に』『何を』という問いの回答になっているだろうか?

タイトルに使った『バサラ』という言葉だけど、元々は『婆沙羅=バサラ』、仏教用語で金剛石(=ダイヤモンド)の事を表します。そこから、調子を外す者・規律を乱す者を『バサラ者』と言うようになった。
因みに料理をのせるのはオサラである。
かつてドラマ『太平記』の中で陣内孝則さん演じる佐々木道誉が口癖のように「バサラで行こうよ」と言っていた。『ざっくばらんに』と解釈してもらえば、その語感を分かってもらえるでしょうか?僕はこのセリフが好きで、陣内さんの演じ方や言い回しが好きで、今回タイトルに用いた。
因みにお婆さんの事をバサマと言ったりする。
この国では結婚したらみんな『優秀なヤツ』になり、死んだらみんな『いいヤツ』になってしまう。不祥事を起こした政治家だって、役職を辞したり自殺したりしてしまえばそれ以上追及されない。悪いやつはどこまで行っても悪いんだし、間違った事はどこまで行っても間違っている。そんな当たり前の理屈すら通らなくなっている。こんな慣例を愚かだと思い、嫌忌し、ざっくばらんに社会を語って行きたいという思いを込めて『バサラ』という言葉を使いました。

僕も、バサラ者でありたい。
だから常識に捉われず、非難を恐れずやって行こう。
時に真摯に、時にフザけて。
時に大胆に、時に繊細に。
真剣な話題から、どーでもいい話まで。
ゆるりと語って行こうと思います。




ついでに…というか、僕という人間を理解してもらいたいから、毎回一曲ずつ好きな曲を紹介していきたい。
最初の一曲は、やっぱりコレ。
THE ALAN PARSONS PROJECT 『DON'T ANSWER ME』
僕の感性に最も近い曲です。興味があったら聴いてみてください。


アンモニア・アヴェニュー

アンモニア・アヴェニュー

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2013/07/24
  • メディア: CD



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